本シリーズでは、厚生労働省の「健康づくりのための睡眠ガイド2023」をもとに、様々な角度から睡眠についてご説明しています1。今回は、妊娠中の方の睡眠についてお話します。
妊娠が成立すると、ホルモンの分泌状況が変化します。
受精卵が着床すると、hCGという妊娠を維持するホルモンが分泌され、エストロゲン、プロゲステロンの分泌量は一時的に大きく低下します。妊娠の継続のため妊婦のホルモン状況は通常とは異なることから、妊娠初期は「悪阻(つわり)」が起こります。つわりは、英語では「morning sickness」といいますが、1日中、夜寝る時にも起こります。このつわりは睡眠にも影響を及ぼすと言われています。
妊娠19週未満の妊婦1,203人を調査したフィンランドの研究があります2。
それによると、つわりの症状が重症であればあるほど、睡眠の質、心身の状態が悪いという結果でした。
このように、つわりは睡眠状況の悪化と関連があることが分かります。
妊娠中期に入ると、つわりは落ち着く傾向にあります。
調子の良い時ですので、ゆっくりと質の良い睡眠を取りましょう。
妊娠後期になると、お腹の中で赤ちゃんがぐっと大きくなります。米国の研究によると、妊娠が進むほど以下のような症状を経験する妊婦が増えていました3。
妊娠後期はお腹の赤ちゃんが大きくなることで、寝る時の体勢を取りづらいこと、膀胱が圧迫されることにより頻尿になることは9割以上の方が体験しているようです。上記の症状により、妊娠後期の妊婦の睡眠状態は、再び悪化する傾向にあります。実際、熊本県の妊婦を調べた研究によると、妊娠後期の妊婦は、妊娠中期の妊婦よりも、睡眠時間が短く、睡眠の質が低く、睡眠困難感があるという結果でした4。
これに加えて、鉄分が不足することで起こりやすい「むずむず脚症候群」5や寝ている時に呼吸が一時的に止まる「閉塞性睡眠時無呼吸」6も妊娠後期に起こりやすいとされています。
これらの症状は睡眠状態を悪化させますので、基本的な良い睡眠のための対策に加え、鉄分摂取、ストレッチ、マッサージ、産婦人科医の勧める運動強度で体を動かしましょう。
❝ 妊娠してから急にいびきを指摘された時は ❞
妊娠後は血液量が増え、脂肪をためやすく、むくみを生じさせるホルモンの分泌が増加します。
それにともない、気道にも脂肪がつき、むくみが生じることで、咽頭が狭くなり、いびきをかきやすくなります。(実際、スウェーデンの研究によると、妊婦340人のうち妊娠初期にいびきをかく者は7.9%でしたが、妊娠後期には21.2%という結果でした7。)
しかし、いびきが頻繁で大きすぎたり、睡眠途中に一時的に呼吸が止まっている(閉塞性睡眠時無呼吸)とパートナーに指摘された方は、一度医師にご相談ください。
お腹の赤ちゃんが大きくなるにつれて、寝る時の体勢が取りづらくなります。
仰向けは赤ちゃんの重みで下大静脈(お腹の太い血管)が圧迫されることで、血流が悪くなり気分が悪くなります。また、お腹が邪魔してうつ伏せ寝も出来ないでしょう。
妊娠後期の方には、以下のような「シムス位」という寝方がお勧めです。この寝方ですと、下大静脈を圧迫することもなく、比較的楽に寝られます。必要なら枕も活用し、自分にとっての楽な体勢を見つけましょう。
妊娠がきっかけとなり、体の変化や、ホルモンの影響により、心身に不調を抱える方は少なくはありません。
妊娠初期はつわりがあり、妊娠後期は大きくなる赤ちゃんに体内を圧迫され、様々な影響が出やすくなります。妊娠後も夜の寝付きが悪かったり、眠りが浅かったり、昼間眠かったりする等、睡眠で疲れが取れず、お疲れの方も増えるかもしれません。
しかし、上記の不調は永遠に続くことではありません。
心配しすぎず、出来るだけリラックスして過ごすように心がけましょう。可能な範囲でストレッチをしたり、産婦人科医の勧める運動強度で体を動かしたり、趣味等で気分転換してください。
安全な出産、お母さんと赤ちゃんの健康を、当クリニック職員一同祈念しております。