これまで厚生労働省が発表した「健康づくりのための睡眠ガイド2023」についてご紹介してきました1。
これまでのシリーズをご覧になった方は、日本人の大人やこどもは睡眠時間が足りていないことがお分かりかと思います。今回は、高齢者の睡眠に焦点を絞った説明をしていきます。
WHOによると、「65歳以上」が高齢者であると定義されています。
65歳というと、個人差はありますが、一般的にはお仕事を定年退職され、子育てを卒業し、ようやく好きな事をする時間の余裕が増え始める時期ではないでしょうか。やっと落ち着ける時期ではありますが、この時期の睡眠については、留意すべきことがあります。
まず、年を重ねることにより、眠りにくくなります。
加齢により体内時計の昼夜のメリハリが小さくなることが睡眠に影響し、眠りにくくなります2。
また、加齢とともに、体内時計の波が高齢者は若者に比べて先行するため、寝る時間や起きる時間も前倒しになります3。若い頃より早くに眠くなり、早くに目が覚めるようになった実感がある方も多いのではないでしょうか。
❝ 認知症患者は睡眠トラブルが起きやすい ❞
60歳代以降の方は、認知症のある高齢のご家族の介護をされている方もおられると思います。
加齢で体内時計の昼夜のメリハリが小さくなる上に、認知症があるとさらに睡眠に問題を起こしやすくなります。例えば、アルツハイマー病(認知症の原因の約8割を占める)があると、その67%に睡眠トラブル(何度も昼寝する、夜眠れない等)があると報告されています4。夜間眠れないと患者ご本人はつらく、日中活動に影響を及ぼし、攻撃的になったりもします。また、介護されている方も、夜間に睡眠トラブルの対応が続くと、負担が大きくなります。
高齢者はメラトニンの分泌が悪くなっているため、若者・中高年以上に長く日に当たる習慣が重要です。十分な朝日に加えて、昼間もできるだけ日光にあたるようにすることで、睡眠リズムを維持することができます。
「国民健康・栄養基礎調査(2019年)」の結果によると、高齢者は若い人と比較して睡眠時間(=自らが申告する睡眠時間)が長いことが分かりました5。個人差はありますが、先にご紹介した成人に必要な睡眠時間は「最短でも6時間以上」ですので、長く眠れていることは一見良いことのように思えます。(参考: 健康づくりのための睡眠ガイド(2023)の内容を詳細に紹介!(その1))
しかし、高齢者にとって、長く眠りすぎることは健康問題を引き起こすことが報告されています。(例えば、英国の研究では、9時間より長い睡眠は、6〜9時間の睡眠と比較して、アルツハイマー病の発症リスクが2.3倍になることが分かっています6。)
それでは、なぜ高齢者の長い睡眠時間が問題なのでしょうか?
その理由は、高齢者は、長い睡眠時間を取っていても、実際には上手く眠れていないことが挙げられます。
今までの研究をまとめた結果によると、高齢者は長く布団に入ってはいても、若い人と比べて睡眠効率が悪い(寝付くまでの時間が長く、浅い眠りが長い)ことが報告されています7。
そして、この「布団の中の時間が長すぎること」が問題なのです。
米国人高齢者2,676名を対象に、睡眠と死亡の間の関係を調べた研究があります8。
その研究は睡眠を「睡眠時間(実際に寝ている)」と「布団の中で過ごす時間(寝ていない時間も含む)」の2つに分け、それらと死亡との関係を調べました。
すると、「睡眠時間」と「死亡」の間には明らかな関連は見られませんでした。
しかし、「布団の中で過ごす時間」は「死亡」との関連がありました。高齢者で布団の中で過ごす時間が約8時間以上の者は、約6.7〜8時間のものと比べて、死亡リスクが1.25倍という結果でした。さらに、「布団の中で過ごす時間が約8時間以上+睡眠で疲れが取れていない」時、「布団の中で過ごす時間が約6.7〜8時間+睡眠で疲れが取れた」時と比較して、死亡リスクが1.57倍と大きくなっていました。
このことから、以下のことがわかります。
高齢者の睡眠の秘訣は、基本的には、成人の睡眠の秘訣と変わりません。
(参考: 健康づくりのための睡眠ガイド(2023)の内容を詳細に紹介!(その2)成人期の睡眠)
しかし、高齢世代ならではの特徴を踏まえた気をつけるポイントがいくつかあります。
長く布団の上で過ごすことは健康リスクとなります。
寝られないからといって、長い間布団の中でだらだらと過ごさないようにしましょう(特に考え事はNG)。
眠れないと思ったら一旦布団から出て、薄暗い静かな部屋で安静状態でリラックスして過ごしてください。そして眠気が訪れてから再度布団に入るようにしてみましょう。
夜間眠れないと、昼間に眠くなりがちです。
そして昼寝を長時間してしまうと、余計に夜に眠れなくなります。夜の睡眠の質を高めるため、長時間の昼寝は避けましょう。
高齢者は、昼夜の体内時計のメリハリが小さくなることで、睡眠・覚醒リズムが乱れやすくなります。
睡眠・覚醒リズムを整えるために、できるだけメラトニン分泌(夜間に眠気を誘う)を促しましょう。
起床後に朝日を浴びることで、体内時計がリセットされ、睡眠・覚醒リズムが整いやすくなります。
日本人高齢者192名を対象に、「日光に当たっている時間」と「メラトニン分泌量(夜間に眠気を誘う)」の関係を調べた研究があります9。結果は、日中に光を多く浴びると、メラトニン分泌量が多くなるというものでした。具体的には、1日で1000ルクス以上の日光を浴びる時間を、37分から124分に増やすと、メラトニン分泌量が13%増加しました。1000ルクスとは、以下のような日中から夕暮れに変わるくらいの、ブレーキランプが目立ち始める頃の明るさです。出来る範囲で構いませんので、日中は極力日光を浴びるようにしましょう。
❝ 病気により強い日光を浴びられない場合は、生活のリズムを一定にする ❞
眼科疾患、皮膚疾患などで、強い日光を避けるように医師に注意されている方は、日光以外の工夫で睡眠のリズムを整えるようにしましょう。例えば、生活のリズム(朝起きる時間、食事の時間、運動の時間、入浴の時間、寝る時間)を出来る範囲で一定とすると、夜に眠りやすくなります。
運動は睡眠に良い影響を及ぼします。
運動と睡眠との関係を調べた研究によると、週3回、30分の中等度の強度の運動プログラムに継続的に参加した高齢者は、睡眠状態が最も改善していました10。中等度の強度の運動とは、例えば、早歩き、軽い筋トレ、水中歩行、太極拳、掃除機、洗車などが含まれます11。膝や腰が痛いなど、色々な事情で個人により出来る運動は異なりますが、質の高い睡眠のため、出来る範囲で体を動かすことを心がけましょう。
❝ 医師から運動を止められている場合は局所運動を ❞
心疾患や呼吸器疾患により、医師から激しい運動を禁止されている方もおられると思います。
そうすると、したくても運動が出来ず、安静時間が長くなり、睡眠状態が悪化しがちです。その場合は、無理のない範囲で、動かしても良い部分だけを動かす「局所運動(指先や腕だけ動かすなど)」を取り入れてみましょう。
また、体は動かせなくても、他人と会話するなど、社会的交流を持つことも、良い睡眠に繋がります。