厚生労働省が「健康づくりのための睡眠ガイド2023」を発表しました1。
睡眠ガイド2023を分かりやすくご紹介する本シリーズの第3回のテーマは、「こどもの睡眠」についてです。今回は、特に「こどもの睡眠時間と夜ふかしについて」「子どもが良い睡眠をとるための秘訣」についてご紹介します。
こどもにとって睡眠は大切です。
こどもにとっての睡眠とは、心身を休めることだけでなく、脳や身体を発達させるという大切な役割があるからです。ですので、こどもに必要な睡眠時間は、大人より長くなっています。
米国睡眠医学会が推奨するこどもの睡眠時間は、以下のとおりです2。
こどもが大きくなるにつれて、必要な睡眠時間は少しずつ短くなっていきます。
4ヶ月未満の乳児に関しては、推奨睡眠時間が設定されていません。なぜなら、こどもそれぞれにとっての「正常」な睡眠時間や睡眠パターンが大きく異なっているため、研究結果が不足しており、はっきりとしたことが言えないからです。
こどもの睡眠時間を調べた追跡研究があります3。
493人のスイス人の赤ちゃんを追跡し、16歳までの睡眠時間の変化を調べました。睡眠時間の分布を見ると、年齢があがるにつれて、睡眠時間が減っていることがわかりました。
1日の平均睡眠時間は、1歳で13.9時間、3歳で12.5時間、7歳で10.6時間、12歳で9.3時間、最年長の16歳で8.1時間と、年齢が上がるにつれて睡眠時間は減っていました。特に最年長では、推奨睡眠時間の「8〜10時間」ぎりぎり眠れているかどうかという結果でした。
なぜ、こどもはだんだんと寝なくなるのでしょうか?
こどもの身体は成長とともに変化していきます。思春期(WHOの定義では10〜19歳)に差し掛かった頃から、こどもの身体の中で、眠気を誘うホルモンである「メラトニン」が分泌される時間が遅くなり、遅い時間まで起きていられるようになります4。(※参考:子どもに早寝早起きは必要?)
大人と同様に、こどもも、約24時間のサイクルである、サーカディアンリズム(概日リズム)に従っています5。
サーカディアンリズムは、体温調節やホルモン分泌にも見られる、とても大切な身体のリズムです。
サーカディアンリズムを乱すものとして、朝や昼に「おひさまに当たらない」ことが挙げられます。明るい光を朝や昼に浴びていると、以下の図の青い実線のように、夜に眠気を誘うメラトニンが分泌されます。そのため、朝日に当たらないと夜に眠りづらくなってしまいます。
変化するのはこどもの身体だけではありません。
昨今は面白いTV、ゲーム、動画、SNSなど、こどもの興味を誘うものが増えました。それに加えて、思春期以降のこどもには、家族との関わりだけでなく、友達付き合いも大切です。スマホやタブレットなどで夜遅くまで遊んだり、友達と連絡をとったりすることで、スクリーンタイムは増え、寝る時間は遅くなり、朝の目覚めは悪くなります。
こどもが夜に昼光色(青みがかったさわやかな光色)を見るとメラトニン分泌にどう影響するか調べた実験があります6。結果は、夜に青白く明るい光を見たこどもの方が、薄暗い光を見たこどもと比べて、その後のメラトニンの分泌量が少ないというものでした。メラトニンの分泌量が少ないと、眠気が来づらく、眠りにくくなります。このことから、寝る前に青白い光を発するスマホなどのディスプレイを見つめることは睡眠に悪影響を及ぼします。
また、こどもは、目の水晶体が大人より澄んでいるので、光を通しやすい特徴もあります。
この特徴から、こどもがスマホ等のディスプレイを見つめていると、大人より多くの光を見つめてしまうことになります。そのため、こどもはスマホ使用による影響が大人と比べて大きいため、スマホ使用には注意が必要です。
Memo
大人のデータを使った研究によると、夜に見る光の明るさは、数十ルクスを超えるあたりからメラトニンの分泌が減っていき、大体100ルクス(街灯下の明るさ)を超えると半分以上出なくなってしまうようです。
睡眠・覚醒リズムが崩れ、遅刻が増えたり、朝起きられず登校が難しくなったりすることがあります。これは、自分の意志だけでは崩れた睡眠リズムが戻せない、睡眠時間の不足でたまった疲れが身体からとれないという、こども本人からするととてもつらい状態です。この状態にはれっきとした名前があり、「睡眠・覚醒相後退障害(すいみん・かくせいそうこうたいしょうがい)」といいます。(※参考:夜になっても眠れない。朝になっても起きられない。〜睡眠リズム障害かもしれません〜)
また、「睡眠・覚醒相後退障害」のこどもの約6割が、日本で「起立性調整障害」として分類される症状を併発します7。起立性調節障害は、自律神経の乱れから、立ち上がった時にめまい、立ちくらみ、動悸、気分不良などを生じる症状を指すと提唱されています。そのため、朝起きられず最近遅刻や欠席が増えてきた、寝ても疲れが取れないなどの症状がある場合は、できるだけ早くに、お近くの睡眠外来の医師にご相談ください(※弊クリニックでも相談可能)。
Memo
実は、「起立性調節障害」という概念を提唱しているのは日本だけであり、治療ガイドラインも日本にしか存在しません。そのため、「起立性調節障害」と診断されたお子さんでも、本当は「睡眠・覚醒相後退障害」であることも多いです。お子さんの睡眠についての心配事がある方は、一度睡眠外来の受診もご検討ください。(※参考:その症状、OD(起立性調節障害)ではなく、睡眠リズム障害では?)
こどもの睡眠時間が不足した場合の弊害についてもお話したいと思います。
今までの研究結果によると、睡眠時間が十分なこどもと比べて、睡眠時間が足りていないこどもは、さまざまな健康リスクが高まると報告されています。
例えば、睡眠時間が不足しているこどもは、睡眠時間が十分なこどもに比べて、以下のような傾向があると報告されています。
ただ寝ていないだけで、さまざまな方面に悪い影響があることが、ここから伝わってくるかと思います。
それでは、子どもの良い睡眠のために、できることはあるのでしょうか。
今までの研究成果により、心がけると良いと分かっていることがいくつかあります。これらは一見当たり前のようなことですが、質の良い睡眠のためには、とても大切なことです。
日光を浴びることで、寝つきが良くなります。
高知県の中学生826人を対象に、「日光を浴びること」と「寝つき」の関係を調べました12。すると、休み時間に日光を浴びている生徒の方が、浴びていない生徒よりも、寝つきが良い(眠りに落ちるまでの時間が短い)という結果でした。また、ドイツ・スイスのデータでは、外で日光を浴びながらすごす時間が長い人ほど、寝る時間が早い傾向が報告されています13。
このように、「日光」は眠りのために、とても大事な意味を持っています。
朝日を浴びる、できるだけ戸外で日光を浴びて活動する、週末もできるだけ平日と同じ習慣で生活するなど、良い眠りのために日光を活用していきましょう。
個人差はありますが、眠気を誘うメラトニンの分泌は、起床時間の約14時間後に始まります。
例えば、朝7時に起きるとすれば、夜9時にメラトニンが分泌されるとされています。スマホの明るい光は、その後のメラトニンの分泌量を減らしてしまいます。そのため、スマホを使用するのは、夕方6時頃までにしましょう14,15。「夕方6時以降もどうしても使ってしまう」という時も、できるだけ使用は早い時間に切り上げ、特に睡眠リズムに対して悪影響が強くなる22~23時以降は使用を控えることが大切です。
8〜17歳のギリシャ人のこども177,091人のデータで、「生活習慣」と「睡眠時間の不足」の関係を調べました16。結果は「スクリーンタイムが1日に2時間以上」「過体重・肥満」のこどもは、睡眠時間が不足しているというものでした。
座りっぱなしでTVやスマホばかり見ていると、身体を動かす時間が減ってしまい、そのことが眠りに悪影響を及ぼしてしまうのです。
平均年齢が19歳の日本人の看護学生23人を対象に、「スマホと目の距離」と「睡眠」の関係を調査しました17。スマホと目の距離は、座っていると13〜33cm、寝転がっていると10〜21cmと、寝転がってスマホを使用した方が、スマホと目の距離が近いことが分かりました。
また、寝転がってスマホを利用した方が、より明るいライトが目に入ることが報告されています。座っている時の照度は25〜43ルクス、寝転がっている時の照度は50〜80ルクスでした。(50ルクスは、夜の少し暗めのリビングくらいの明るさ)
寝転がってスマホを利用し、スマホと目の距離を近づけてしまうと、睡眠の質、睡眠効率、寝つきの全てが悪い結果であったことも報告されています。