赤ちゃん(乳幼児)の健やかな成長には、適切な栄養摂取が欠かせません。
特に鉄分は、血液の主成分であるヘモグロビンを作る上で必須の栄養素というだけでなく、脳の発達に重要な栄養素です。
本日は、「乳幼児の鉄欠乏」に関するデータをご紹介したいと思います。
「鉄欠乏」や「鉄欠乏性貧血」は、世界の赤ちゃんの20〜25%を占めています。先進国に限っても10%以上の乳幼児が鉄欠乏であると推定されています。最も鉄欠乏性貧血が多い時期は6〜24ヶ月です。この時期は中枢神経系(脳と脊髄)が特に発達する時期で、体に必要な鉄の量が高まることから、鉄が足りなくなってしまうからです。この時期に鉄が足りないと、認知能力(考える力)、運動能力、感情の発達などに悪影響を及ぼす可能性が指摘されています。それだけでなく、「夜泣き」・「ぐずり」等も、鉄欠乏があることで悪化することが様々な研究から分かっています。
しかも、この時期の鉄欠乏が長く続くと、その後年齢を重ねて鉄分を補給し、鉄欠乏が改善されたとしても、影響が長く続くと最近では考えられています(3か月以上貧血に至るような鉄欠乏が続くことで発達に影響が出ると考えられています)。鉄は、脳内の神経伝達物質の代謝や、神経の絶縁体ともいえる髄鞘(ずいしょう)の形成にも関与しているため、乳幼児期の鉄不足が持続的な影響をもたらすのです1。
鉄欠乏は、単なる貧血症状をもたらすだけではなく、睡眠にも影響をもたらすことがわかっています。
チリ大学の研究では、鉄欠乏性貧血の赤ちゃんは、睡眠中の脳波に「睡眠紡錘波(すいみんぼうすいは)」という深睡眠時に出る波形が減少し、出現間隔が伸び、周波数も低下していることが報告されています。睡眠紡錘波は、記憶の形成や体の動きのコントロールに関係があるとされています。そのため、鉄欠乏により、睡眠時の脳の働きに異常が出て、それにより、認知機能や運動機能の発達に悪影響が及ぶ可能性があります。
乳幼児期に鉄欠乏性貧血であると、夜間睡眠の途中で、浅い眠りと深い眠りの分布に変化が起こります。乳幼児においても、夢を見る睡眠といわれる「レム睡眠」が通常とは異なるパターンで現れていました。レム睡眠は感情のコントロールに関係することから、この異常が長く続くことで情動発達に影響するとも指摘されています。
さらに、鉄欠乏性貧血の赤ちゃんは昼夜問わず活動量が多く、夜間は起きている時間が長く、熟睡できる時間が短く、夜泣き・ぐずりが激しいことを確認しています。このような睡眠のリズムの乱れは、将来的に「周期性睡眠運動障害(四肢の筋肉が急に収束・弛緩する不随意運動が起こること)」や「むずむず脚症候群(体にムズムズとした異常な感覚を認める病気)」などの睡眠障害につながるリスクがあります2。
また、鉄欠乏による睡眠障害のあった子どもを追跡すると、こどもが4歳になっても、睡眠の異常(レム睡眠潜時や深睡眠の短時間化)は続いていたことを報告している研究もあります3。このことから、鉄欠乏は一時的な栄養不足で終わらないことがわかります。
鉄欠乏による睡眠障害や神経発達の影響について、早期に発見し、早期に治療を行うことの重要性を示す研究があります。ある研究では生後6か月までの鉄欠乏が、1歳時の睡眠時間と強く関連していることを示しました4。別の研究では、生後9か月時点での乳児の鉄欠乏を測定し、鉄欠乏のある乳児には鉄補充を行ったのちに、生後12か月にて認知機能検査を行ったところ、鉄補充で認知機能に改善が見られたものの、9か月時点で鉄欠乏が見られた乳児は鉄欠乏のない乳児に比べて12か月時点での認知機能テストの成績が低かったことを報告しています5。
上記の結果は神経発達への影響を減らす上で、早期の介入が望ましい可能性を示唆しています。乳幼児について鉄欠乏を予防し、仮に鉄欠乏が起きてしまった場合には早期発見・治療を行うことは重要です。
Memo
動物実験でも鉄欠乏が睡眠に影響することが確認されています。
鉄が不足するように作った「鉄欠乏マウス」をで48時間観察すると、「鉄欠乏マウス」は、暗い時間帯に起きており、レム睡眠もノンレム睡眠も減少していました(特に鉄が足りている正常なマウスとの違いが際立ったのは夜間後半)。このことから、鉄欠乏により睡眠リズムが乱れる可能性を示唆しています。
では、赤ちゃんはどれだけ鉄分を取れば良いのでしょうか?「日本人の食事摂取基準(2020年版)」によると、年齢別の1日に必要な鉄摂取量は以下の通りとなります6。
鉄分を多く含む物を食べ、年齢に応じた必要な鉄量を摂りましょう。赤ちゃんの頃は生後半年までは、生まれる前に貯蔵していた鉄分や母乳だけで鉄分は足りていますが、離乳食への移行がうまくいかない場合、少しずつ鉄分不足になりやすくなります。
少しずつ、食べられるだけで構いませんので、できるだけ鉄分が多く含まれている食べ物をとりましょう。工夫としては、鉄分の入ったふりかけなどを使ったり、同じ鉄分でもヘム鉄を多く含む食品(赤身肉、サバ・サンマ・アジ等の青魚、カツオ等の赤身魚、レバーなど動物性食品[食べにくい場合は、市販の離乳食も利用して])を選ぶと、体への吸収率が高いため、効率よく鉄を摂取できます(※参考:鉄を摂取するときに意識するべきヘム鉄とは?)。9か月以降の赤ちゃんについて、離乳食への移行が十分ではない場合はフォローアップミルクを利用することも有効です(フォローアップミルクは母乳や育児用ミルクの代替品ではないのでご注意ください)。
加えて、6か月以前の赤ちゃんの発育には与えるミルク・母乳や妊娠時の鉄分も重要です。睡眠に必要なフェリチン値は、貧血の基準値よりも高い(フェリチン値>75μg/L)ことが知られています(参考記事:鉄が不足して眠れない?)。早期の介入が重要なことを考えれば、離乳食の前の妊娠期・授乳期にも、十分な鉄分をお母さま・本人に摂取していただくことも重要となります。