こんにちは。睡眠プライマリケアクリニックです。
「夜、布団に入ってもなかなか寝付けない」
「夜中に何度も目が覚めて、ぐっすり眠った気がしない」
「日中、急にどうしようもない眠気に襲われる」
こうした睡眠に関する悩み、特に女性の間で多く聞かれます。実際、不眠を訴える割合は男性よりも女性の方が1.41倍高いという報告もあり、成人女性の多くが何らかの睡眠問題を抱えています [2, 5]。
その大きな原因の一つが、女性の人生を通じてダイナミックに変動する「女性ホルモン」の存在です [1]。
この記事では学術的論文を基に、なぜ女性ホルモンが睡眠に影響を与えるのか、そして「月経周期」「妊娠・出産期」「更年期」というライフステージごとに現れる特有の睡眠問題と、その具体的な対策について、最新の研究報告を交えながら詳しく解説していきます。

私たちの睡眠には、主に2つの女性ホルモンが関わっています。
気分を安定させる作用のある神経伝達物質「セロトニン」の働きを助け、睡眠全体の構成を整え、特に夢を見る「レム睡眠」の時間を安定させる働きがあると考えられています[1]。エストロゲンが減少すると、寝つきが悪化したり、中途覚醒が増えたりする傾向があります。
体温を上昇させる作用のほか、眠気を誘う直接的な作用(催眠作用)に加え、深いノンレム睡眠を増やすことも報告されています。また、気道を広げ呼吸を助ける働きもあり、睡眠中の呼吸を安定させる役割も担っています [1]。
これらのホルモンは、生涯を通じて一定ではなく、月経周期や妊娠、更年期といったライフステージで大きく変動します。この「ホルモンの波」が、女性特有の睡眠問題を引き起こすのです [2]。
減少すると…
寝つきが悪くなったり、夜中に目が覚めやすくなります。
増加すると…
日中の眠気の原因になることがあります。
月経周期と睡眠の関係は、多くの女性が経験的に知っていますが、研究でも裏付けられています。月経前の黄体期後期(プロゲステロンが増加する時期)には、日中の眠気が増し、夜間の睡眠時間が長くなる傾向があります [6]。 しかし、月経が始まると両ホルモンが急激に減少し、さらに腹痛や頭痛、イライラといった月経随伴症状(月経前症候群(PMS)や月経困難症など)が重なることで、入眠困難や中途覚醒といった不眠に悩まされる女性は少なくありません [2]。
妊娠中はホルモンバランスが劇的に変化し、睡眠に大きな影響を及ぼします。 初期はプロゲステロンの作用で強い眠気が生じますが、中期から後期にかけては、お腹の張り、頻尿、足のつり、胎動といった身体的な不快感から、不眠や中途覚醒が増加します [4]。 また、妊娠中は体重増加やホルモンの影響で気道が狭くなりやすく、いびきや睡眠時無呼吸症候群(SAS)を発症することがあります。これは母体や胎児への酸素供給に影響する可能性もあるため注意が必要です [4]。 出産後は、ホルモンが急激に元に戻る変化に加え、数時間おきの授乳や夜泣き対応で睡眠が断片的になり、深刻な睡眠不足に陥ります。この状態は「産後うつ」の引き金になることも指摘されています [3]。
女性の睡眠問題が最も顕著になるのが更年期です。 40代後半から始まる更年期は、エストロゲンが大きくゆらぎながら急激に減少する時期です。 これにより自律神経が乱れ、代表的な症状である「ホットフラッシュ(急なのぼせ・発汗)」が起こります。ある研究では、重いホットフラッシュを経験する女性は、そうでない女性に比べて睡眠障害を報告する確率が著しく高いことが示されています [7]。夜間のホットフラッシュは、不快感による中途覚醒の主な原因となります [1, 2]。
さらに深刻なのが、閉経後の睡眠時無呼吸症候群(SAS)のリスク増加です。 呼吸を助けるプロゲステロンの保護作用が失われることなどから、SASの有病率が劇的に上昇します。大規模な疫学調査では、閉経後の女性のSAS有病率は、閉経前の女性に比べて2〜3倍に増加することが報告されています [8]。これは、男性の有病率に近づくことを意味しており、閉経がいびきや無呼吸の大きなリスク因子であることを示しています。大きないびきや日中の強い眠気がある場合は、年のせいと片付けずに専門医に相談することが極めて重要です。

ホルモンの影響を完全になくすことはできませんが、生活習慣の土台を整えることで、ホルモンの波による影響を最小限にし、睡眠の悩みを和らげることは可能です。これらの対策は、薬に頼る前の第一歩として非常に重要です。

女性の睡眠問題は、ライフステージに伴うホルモンバランスの変化という、生物学的な背景に基づいています。「気持ちの問題」や「年のせい」で片付けず、まずはご自身の体のサインに耳を傾けることが大切です。
セルフケアを試しても改善しない場合や、日中の眠気で仕事や家事に支障が出ている場合は、専門的な治療が必要なサインかもしれません。 更年期の不眠にはホルモン補充療法(HRT)や漢方薬 [9]、睡眠時無呼吸症候群にはCPAP療法など、有効な治療法があります。 つらい症状を一人で我慢せず、ぜひ一度、かかりつけの婦人科医や、私たちのような睡眠専門クリニックにご相談ください。特に、更年期の症状と不眠が重なっている場合は婦人科でのホルモン補充療法(HRT)が、大きないびきや日中の強い眠気がある場合は睡眠外来での睡眠時無呼吸症候群の診断が、それぞれ有効な解決策に繋がる可能性があります。
あなたの毎日が、心地よい眠りによって、より輝くものになることを心から願っています。
[1] Esther I Schwarz, Sophia Schiza(2024). Sex differences in sleep and sleep-disordered breathing.
[2] 厚生労働省 e-ヘルスネット. (2021). 女性の睡眠障害.
[3] 日本産婦人科医会. (2018). 周産期メンタルヘルス コンセンサスガイド 2017.
[4] 公益財団法人長寿科学振興財団 健康長寿ネット. (2022). 妊娠期・授乳期の睡眠の特徴と睡眠障害.
[5] Zhang, B., & Wing, Y. K. (2006). Sex differences in insomnia: a meta-analysis. Sleep, 29(1), 85–93.
[6] Baker, F. C., & Lee, K. A. (2003). Menstrual-related sleep changes. In M. H. Kryger, T. Roth, & W. C. Dement (Eds.), Principles and practice of sleep medicine (4th ed., pp. 1293–1299). Elsevier Saunders.
[7] Kravitz, H. M., et al. (2008). Sleep difficulty in women at midlife: a community survey of sleep and the menopausal transition. Menopause, 15(5), 796–805.
[8] Bixler, E. O., et al. (2001). Prevalence of sleep-disordered breathing in women: effects of gender. American Journal of Respiratory and Critical Care Medicine, 163(3 Pt 1), 608–613. ※[1]の引用論文 [9] Polo-Kantola, P., et al. (1998). Effect of hormone replacement therapy on sleep: a randomized, double-blind, placebo-controlled, cross-over study in postmenopausal women. Sleep, 21(3), 237-243.