こんにちは。睡眠プライマリケアクリニックです。
猛暑が続く日本の夏。誰もが日中の外出や運動時には熱中症を警戒するようになりました。
帽子をかぶる、こまめに水分を摂る、日中は涼しい場所で過ごす──。
これらの対策はもちろん非常に重要です。しかし、これらの対策をしても「なぜか体調が優れない」「夏バテしやすい」と感じることはありませんか?
実は、その原因は”夜の過ごし方“にあるかもしれません。
最近の研究で、睡眠不足が私たちの体を熱中症に対して無防備な状態にしてしまうという、見過ごせない事実が次々と明らかになっています。
このコラムでは、科学的な根拠に基づき、「なぜ睡眠不足が熱中症リスクを高めるのか」、そして「本当に効果的な夏の夜の過ごし方」について、詳しく解説します。

睡眠不足になると、私たちの体の中では熱中症の引き金となる深刻な変化が起こります。ここでは、代表的な3つのメカニズムをご紹介します。
私たちの体には、汗をかいたり、皮膚から熱を逃したりすることで体温を一定に保つ、非常に優れた”冷却システム”が備わっています。しかし、睡眠不足はこのシステムを直撃します。
ある研究では、33時間眠らなかった状態で室内(28℃)を歩くと、十分に眠った時に比べて汗の量が約27~38%も減少し、さらに皮膚から熱を逃がす力も42%低下したと報告されています[1]。 また、別の研究でも、睡眠不足の状態ではお風呂に入った際になかなか深部体温が下がりにくくなることが示されました[2]。
これは、睡眠不足によって体の冷却機能が著しく低下し、熱がどんどん体内にこもってしまうことを意味します。たとえ涼しい部屋にいても、体の中から熱を処理する能力自体が落ちているため、熱中症のリスクが高まるのです。
体温や心拍、血圧などを絶妙にコントロールしているのが、自律神経という”司令塔”です。睡眠不足はこの司令塔の働きを狂わせ、体の微調整機能を麻痺させます。
実際に、60時間眠らなかった人の心拍を調べた研究では、状況に応じて心拍を柔軟に調整する力が明らかに落ちていたことが分かっています[3]。 また、暑い環境(37℃)で運動をすると、睡眠不足の人は呼吸が過剰に速く浅くなり(過換気)、体内のバランスをかえって崩してしまうことも報告されています[4]。
つまり、睡眠不足は「暑いから血管を広げて熱を逃がそう」「汗をかいて体温を下げよう」といった体を守るための正常な指令を鈍らせ、熱中症への抵抗力を奪ってしまうのです。
最も厄介なのが、この「感覚の変化」です。睡眠不足は、暑さを感じる”危険センサー”の感度を鈍くしてしまいます。
24時間眠らなかった後の脳の反応を調べた研究では、自律神経が過敏になり、ストレスに対して異常な反応を示すことが分かっています[5]。その結果、体は危険なほど熱を持っているにもかかわらず、脳がその「暑さ」や「体の異常」を正確に認識できなくなり、水分補給や休息といった適切な対処が遅れてしまうのです。
「なんだか少しだるいだけ」と感じているうちに、気づけば重度の熱中症に陥っていた…という最悪のケースも起こりかねません。
近年、夜間の最低気温が25度以上となる「熱帯夜」の増加も問題になっています。エアコンをつけずに眠ったり、寝苦しさで何度も目が覚めてしまったりすると、深い睡眠が確保できず、知らぬ間に「慢性的な睡眠不足」に陥る可能性があります。
この問題は感覚だけではありません。世界中700万人以上のウェアラブルデバイスデータを分析した研究でも、夜間の気温が高いほど睡眠時間が短縮され、入眠も遅れる傾向があると明確に報告されています[6]。
特に、女性や高齢者ではその影響がより強く出やすいとされており、睡眠の質と熱ストレスへの感受性の高さが示唆されています。
これらの事実が示すのは、夏特有の危険な悪循環です。
この負のスパイラルが、夏の間私たちを蝕んでいるのです。
もはや猛暑は避けられない現代において、どのような対策を講じればよいでしょうか。
日中の対策とあわせて、夜の「睡眠防御」を徹底することが重要です。以下の表に具体的な対策をまとめました。

加えて、冷却グッズ(冷却マット、冷感パジャマ、アイス枕)などを活用して寝室環境を整えることも有効です。
また、寝る前のカフェインやスマートフォン使用は、深い睡眠の妨げになるため控えるようにしましょう。
今回は、夏の猛暑を乗り切るために見落とされがちな「睡眠」の重要性について、科学的な根拠をもとに解説しました。
睡眠不足は、私たちの体に備わった「熱から身を守るための根本的な機能」を弱めてしまいます。そして、夜間の高温が睡眠の質を下げ、翌日の熱中症リスクを高めるという悪循環に陥りやすいのが、現代の夏の現実です。
熱中症予防には、日中の水分補給や冷房使用はもちろんですが、それだけでは万全とは言えません。夜間の良質な睡眠こそが、あなたの体を守る「最後の砦」なのです。
もし、あなたが「寝苦しくてよく眠れない」「夏の疲れがなかなか取れない」といったお悩みを抱えているなら、それは単なる夏バテではなく、睡眠の質に問題が隠れているサインかもしれません。我慢せずに、ぜひ一度当クリニックのような専門機関にご相談ください。
[1] Sawka MN et al. Effects of sleep deprivation on thermoregulation during exercise. Am J Physiol. 1984;246(1):R72–R77.
[2] Fujita M et al. Seasonal effects of sleep deprivation on thermoregulatory responses in humans. Anthropol Sci. 2003;111(4):273–278.
[3] Vaara J et al. The effect of 60-h sleep deprivation on cardiovascular regulation and body temperature. Eur J Appl Physiol. 2009;105(3):439–444.
[4] Tsuji B, Nishiyasu T. Effect of sleep deprivation on cardiorespiratory responses during exercise in the heat. Descente Sports Science. 2017;38:141–150.
[5] Liu JC et al. Sleep deprived and sweating it out: effects of total sleep deprivation on skin conductance and stress responses. Sleep. 2015;38(1):155–159.
[6] Minor K et al. Nighttime temperature and human sleep loss in a changing climate. One Earth. 2020;2(5):455–465.