代表的な睡眠リズム障害の一つに挙げられる睡眠相後退症候群(Delayed Sleep Phase Syndrome, DSPS)は、夜の眠れなさや朝の起床困難を特徴とする睡眠障害であり、社会生活に大きな影響を及ぼします。この治療には、メラトニン受容体作動薬であるラメルテオンの使用が注目されていますが、通常容量の8mgでは効果が乏しいことが示唆されています。近年の研究では、超少量のラメルテオンを夕方に投与することで、睡眠リズムの前進効果が期待できることが報告されています。今回は志村哲祥医師らの研究を紹介するとともに超少量ラメルテオンの効果について説明していきたいと思います。
志村医師らの研究によれば、23名の睡眠衛生指導では症状が改善しなかったDSPS患者を対象に、平均0.653mg(1/14錠)のラメルテオンを平均夕方6時10分頃に投与したところ、約40日後には平均で3時間の睡眠相前進が確認されました。具体的には、治療前の平日の平均睡眠スケジュールが午前3時21分就寝・午前11時3分起床だったのが、治療後には午前0時17分就寝・午前8時43分起床へと改善されました。さらに、患者の60.9%で学校や職場への遅刻が解消されるなど、日常生活への好影響も報告されています。
ではなぜ超少量のラメルテオンが効果的なのでしょうか。そもそもメラトニンとは、夜の到来を体に知らせるホルモンで、毎日一定のタイミング(日没後)に分泌が始まり、真夜中にピークを迎え、朝になると減少します。夕方にメラトニンを投与すると、体は「夜が早く訪れた」と認識し、体内時計が前進します。
ラメルテオンはメラトニン受容体に対して強力な作用を持ち、特にMT2受容体への作用は体内時計の調整に関与します。しかし、通常の8mgを就寝前に服用すると、体内で生成される代謝物M-IIの血中濃度が生理的なメラトニンのピーク濃度(約100pg/mL)の500倍以上に達し、翌朝や昼間まで高濃度で残存します。これにより、朝や昼でも「まだ夜である」と体が認識し、体内時計の遅延を引き起こす可能性があります。一方、超少量のラメルテオンを夕方に投与することで、朝には適度に濃度が低下しており、体内時計の前進効果が得られると考えられます。
また、ラメルテオンの投与タイミングも重要です。夕方から夜間にかけて増加し、朝方に減少する生理的なメラトニン分泌リズムに合わせて、夕方に超少量ラメルテオンを投与することで、体内時計の前進効果が最大化されます。論文では、深夜や、毎日異なる時刻などの不適切なタイミングで服用すると、睡眠覚醒リズムが一定せず、まるで時差ボケのような状態に陥る可能性があると示唆されています。したがって、投与時刻については、「眠前」や「不眠時頓用」ではなく、具体的な時刻(例:20時)を指定して投与することが、治療効果を高める鍵となります。
何時に服用すべきかについては、明確な見解が得られていません。メラトニンの分泌開始時刻は一般的に20〜21時頃とされていますが、個人差があり、特に自閉症スペクトラム障害(ASD)を持つ人では大きくずれることがあることが知られています。しかし研究によると、メラトニン分泌開始時刻の3~6時間前にメラトニンを投与すると、最も強い体内時計の前進効果が得られることが分かっています。メラトニン分泌開始時刻の直前の投与でも前進効果は期待できますが、その時刻を大幅に過ぎてから服用すると逆に体内時計が後退する可能性があります。このため、個々のメラトニンの分泌開始時刻を考慮しながら適切な時間に服用することが重要です。
以上の研究や報告から、DSPSの治療には、超少量のラメルテオンを夕方の一定の時刻に投与する方法が有効である可能性が示されています。適切な投与量とタイミングの設定が、DSPS患者の睡眠リズムの改善に寄与すると期待されます。