眠っている間は、周囲の音はほとんど聞こえていないはずだ――そのように考える人は多いかもしれません。眠っているのだから、近くで交わされる小さな話し声や、多少の物音には気づかないだろう、という感覚は自然なものです。
一方で、大きな音で目が覚めたり、目覚ましの音のようにはっきりした刺激があれば、熟睡していても目を覚ましたりすることがあります。こういった日常の経験からも、睡眠中であっても、音に対する反応が完全に失われるわけではない可能性があることがうかがえます。
では、眠っている間の脳は、外から入ってくる「声」や「言葉」にどのように反応するのでしょうか。こうした点を調べるために、脳波や脳画像を用いた実験研究が行われています。このコラムでは、睡眠中に言葉や声が聞かされたとき、脳がどのような反応を示すのかを調べた研究をもとに、音声刺激に対する脳の反応を整理します。

ある研究では、健康な若年成人17人を対象に、睡眠中に人の声を聞かせたときの脳波の変化が調べられました[1]。
実験で用いられたのは、あらかじめ録音された「名前を呼ぶ音声」です。名前は、参加者ごとに、
が用意されました。
そして、これらの名前はそれぞれ、
の2種類の声で読み上げられました。
(つまり、「自分の名前かどうか」と、「声が聞き慣れたものかどうか」の2つの観点で、聞かせる声の組み合わせを比較できるように設計されています。)
参加者は睡眠実験室で2晩過ごし、初日の夜は実験環境に慣れるための時間とされ、実際の測定は次の日の夜に行われました。
睡眠中の解析対象となる時間帯には、名前を読み上げた声が繰り返し聞かされ、その間隔はおよそ3〜8秒の範囲で不規則に設定されました。このように間隔を一定にしなかったのは、刺激が来るタイミングに慣れてしまう影響を減らし、睡眠中の脳の状態によって、声に対する反応がどのように変わるのかを調べるためです。
音量は個人ごとに調整され、音声がはっきり聞こえ、かつ参加者自身が「これなら眠れる」と感じられる範囲に設定されました。
この研究では、NREM睡眠(N1・N2・N3)およびREM睡眠のすべての睡眠段階で、名前を読み上げた声に対する脳の反応が調べられました[1]。
その結果、浅い睡眠段階(N1・N2)だけでなく、深い睡眠段階(N3)においても、聞き慣れた声と聞いたことのない声とで、脳の反応が異なることが観察されました。
つまり、NREM睡眠の各段階において、眠っている間も声の違いに応じた脳の反応がみられたことになります。
さらに、REM睡眠においても、声の種類(聞き慣れた声か、聞いたことのない声か)による脳の反応の違いは認められました。ただしREM睡眠では、NREM睡眠の段階と比べて、脳の反応は全体として弱く、声を聞いてから脳波に変化が現れるまでのタイミングが遅れる傾向が報告されています[1]。
なお、睡眠中の解析では、「自分の名前かどうか(自分の名前か、知らない名前か)」による脳の反応の違いは、明確には示されませんでした。これに対して、声が聞き慣れたものかどうかといった声の特徴が、脳の反応に強く関係していたと報告されています[1]。
声の特徴に対する反応が睡眠中にも保たれる場合がある一方で、音声が文として意味をもつかどうかといった違いに対する脳の反応は、睡眠中には覚醒時ほど明確には現れないことが報告されています[2]。
言語としての成り立ちが異なる音声を用いて、NREM睡眠中の脳活動を調べた研究では、音声の内容によって脳の反応がどのように変化するかが検討されました[2]。
この研究では、次の3種類の音声が用いられました。

起きている状態では、これらの音声を聞いたとき、意味の通る文ほど脳の反応が強く、意味をもたない疑似語の文や、文として成り立たない音声ほど反応が弱いという違いが見られました[2]。つまり、音声が文として意味をもつかどうかによって、脳の反応の強さが異なるということです。
一方、NREM睡眠中でも音声に対する脳の反応自体は観測されましたが、覚醒時に見られたような、文の意味構造の違いに応じた段階的な反応の差は、ほぼ見られなくなりました。特に、前頭葉の言語処理に関わる部位(下前頭回:IFG)では、音声を聞かせても、起きているときに見られるような脳活動はほとんど確認されなかったと報告されています[2]。
これらの結果から、NREM睡眠中でも音声に対する脳の反応が完全に失われるわけではないものの、音声の意味に応じて反応が変わるようなはたらきは大きく低下することが示されています。
一定の条件がそろう場合には、眠っている間でも、聞こえてきた言葉に応じて、次にとる反応を選ぶ段階に関わる脳の変化がみられることが、実験研究で報告されています[3]。
この研究では、参加者が起きている間に、聞こえた単語を分類し、単語の種類ごとに、左右どちらの手でボタンを押すかがあらかじめ決められている課題を十分に練習しました。たとえば、「動物の名前なら左手、物の名前なら右手」といった決まりです。
その後、参加者が眠りにつき、浅い睡眠の段階に入った後も、同じように単語を聞かせ、脳の反応が調べられました。
睡眠中には、実際にボタンを押すような動作は起こりませんでした。しかし脳波を解析すると、聞こえてきた単語の違いに応じて、左右どちらの手を使うことになるかに対応した脳の変化が確認されました。これは、眠っていて実際に手が動いていなくても、脳の反応が、「どちらの手を使うか」という判断の段階まで進んでいたことを示しています。

この脳の変化は、覚醒時にも見られますが、睡眠中では、現れるまでに時間がかかることが報告されています。またこの結果は、あらかじめ課題を十分に練習し、やり方が身に付いている状況で得られたものです。
最初の実験では、眠りに入り始めた直後の状態(入眠期)を中心に調べられていました。そこで、入眠直後に限った現象ではないかを確かめるため、別の実験では、より安定した浅い睡眠(NREM2)に入ってから同様の課題が行われました[3]。その場合でも、睡眠中に同じタイプの脳の変化が確認されました。
一方で、睡眠中に聞かせた単語について、目覚めた後に「聞いたことがあるか」を尋ねると、その正答率は偶然に答えた場合とほぼ同じ水準でした。つまり、睡眠中に聞いた言葉は、目覚めた後に意識的に思い出せる形の記憶としては残っていなかったと考えられます。

このように、眠っている間に聞こえる言葉すべてが理解され、記憶されているわけではありません。ただし、事前にやり方を学習しているなど条件がそろうと、聞こえてきた言葉の違いに応じて、「どちらの手を使うか」など、行動につながる判断の段階まで、脳の処理が進むことがあると示されています。
これまでの研究から、睡眠中の脳は、周囲の音を完全に遮断しているわけではないことが示されています。
眠っている間であっても、聞こえてきた音に対して、脳は一定の反応を保っています。
たとえば、声が聞き慣れたものかどうかといった声そのものの違いについては、浅い睡眠だけでなく、深い睡眠中でも脳の反応として捉えられることがあります[1]。一方で、音声が文としてどのような意味をもつかを考えたり、内容にもとづいて判断したりするようなはたらきは、睡眠中には覚醒時ほど明確にはみられません[2]。
ただし、あらかじめやり方を十分に学習している場合など、条件がそろうと、眠っている間でも、聞こえてきた言葉に応じて「次にどうするか」を選ぶ準備段階まで、脳の処理が進むことがあると報告されています[3]。これは、睡眠中であっても、状況によっては行動につながる判断の直前まで、脳の反応が及ぶ可能性があることを示しています。
このように、睡眠中の脳は「聞こえているか、いないか」で単純にはたらいているわけではありません。音の違いを感じ取るところで処理が止まるのか、意味や判断に関わる段階まで進むのかは、睡眠の深さや状況によって変化すると考えられます。眠っている間に、呼びかけや物音に「何となく気づく」ことがあっても、それは言葉を理解しているというより、睡眠を保ったまま、周囲の音に反応する脳の状態が反映されているのかもしれません。
参考文献
[1] Blume C, et al. Standing sentinel during human sleep: Continued evaluation of environmental stimuli in the absence of consciousness. NeuroImage. 2018. PMID: 29859261.
[2] Wilf M, et al. Diminished auditory responses during NREM sleep correlate with the hierarchy of language processing. PLoS One. 2016. PMID: 27310812 ; PMCID: PMC4911044.
[3] Kouider S, et al. Inducing task-relevant responses to speech in the sleeping brain. Curr Biol. 2014. PMID: 25220055 ; PMCID: PMC4175175.