「もう年だから…」とあきらめない。薬に頼りすぎない高齢者の不眠治療

こんにちは。睡眠プライマリケアクリニックです。

「夜中に何度も目が覚める」
「一度起きるとなかなか寝付けない」
「昔のようにぐっすり眠れない」

年齢を重ねるにつれて、このような睡眠の悩みを抱える方は少なくありません。

海外の調査では65歳以上の方の約20%が慢性的な不眠に悩んでいるというデータがあります (1)。
これは日本でも同様で、国内の調査では、60歳以上の約3人に1人が睡眠に何らかの問題を抱えていると報告されています (2)。
多くの方が「もう年だから仕方ない」とあきらめてしまったり、睡眠薬に頼らざるを得ない状況になったりしているのが現状です。

しかし、高齢者の不眠は、必ずしも加齢による避けられない現象ではありません。
不眠を放置すると、日中の倦怠感や気分の落ち込みだけでなく、高血圧や糖尿病といった生活習慣病のリスクを高めたり、認知機能の低下につながったりすることも指摘されています(3)。

この記事では、なぜ不眠が続いてしまうのか、そのメカニズムを解説するとともに、お薬だけに頼らない不眠症治療の柱である「睡眠衛生指導」と、当院で実施している「ブリーフCBT-I(簡易版認知行動療法)」について詳しくご紹介します。

あなたの不眠はなぜ続く?不眠が慢性化する「3つの要因」

不眠症がどのようにして始まり、続いていくのかを説明する有名なモデル(3Pモデル)があります。これは、不眠を「3つの要因」に分けて考えるものです。

  1. 準備要因(なりやすさ)
    もともとの体質や性格、心配性な傾向など、不眠になりやすい素因のことです。
  2. 誘発要因(きっかけ)
    身近な人の死、病気、退職、入院といったストレスの多い出来事がきっかけで、一時的に眠れなくなることです。通常、このきっかけがなくなったり、状況に慣れたりすると、睡眠は元に戻ります。
  3. 持続要因(悪化させる習慣)
    慢性的な不眠に悩む方の多くに、この「持続要因」が関係しています。きっかけとなった出来事が解決した後も不眠だけが続いてしまうのは、眠れない間に身につけてしまった「考え方のクセ」や「間違った行動」が原因です。

例えば、以下のようなものが持続要因にあたります。

  • 眠れない時間を補おうと、必要以上に長くベッドで過ごす
  • 日中の眠気を解消するために、夕方以降に長時間の昼寝をしてしまう
  • 「眠らなければ」と焦り、かえって目が冴えてしまう

このように、眠れないことへの不安からくる行動が、かえって不眠を長引かせるという悪循環を生み出してしまうのです。

まずはここから!基本にして最大の効果「睡眠衛生指導」

不眠治療において、まず最初に行うべきであり、かつ非常に重要なのが「睡眠衛生指導」です。これは認知行動療法とは区別されるもので、日本でも広く普及しており、多くの不眠はこれを見直すだけで改善に向かうことが知られています。

具体的には、睡眠に悪影響を与えている生活習慣や環境を見直します。

  • 嗜好品の調整: 夕方以降のカフェイン摂取を控える、寝酒をやめる(アルコールは睡眠を浅くします)。
  • 光のコントロール: 朝は日光を浴びて体内時計をリセットし、夜は強い光(スマホやPC)を避ける。
  • 寝室環境: 温度や湿度の調整、騒音対策など、安心して眠れる環境を作る。
  • 運動習慣: 日中に適度な運動を取り入れ、程よい疲労感を作る。

これらは当たり前のことのように思えるかもしれませんが、長年の習慣の中に「眠れない原因」が隠れていることは非常に多いのです。当院では、患者様一人ひとりの生活スタイルをお聞きし、無理なく続けられる改善策を一緒に考えます。

不眠の悪循環を断つ「ブリーフCBT-I(簡易版認知行動療法)」

睡眠衛生指導を行っても改善が見られない場合や、不眠の「悪循環(持続要因)」が強く形成されてしまっている場合には、「ブリーフCBT-I(簡易版認知行動療法)」が有効です。

一般的に「認知行動療法(CBT-I)」と呼ばれるものには、カウンセラーが毎週50分ほどの時間をかけて行う「フルバージョン」と、医師や看護師が診察の中で短時間(10〜20分程度)で行う「ブリーフ(簡易)バージョン」があります。

当院で実施しているのは、後者の「ブリーフCBT-I」です。 これは、不眠治療のエッセンスを凝縮し、特に効果の高い「行動」の修正に焦点を当てた治療法です(4)。心理的な深い分析を行うのではなく、具体的な行動を変えることで睡眠リズムを取り戻すことを目指します。

具体的には、以下の2つの方法を中心に実践します。

1. 刺激制御療法(ベッド=眠る場所と再学習する)

「ベッドに入っても眠れない」という経験が続くと、脳は「ベッド=眠れない苦しい場所」と学習してしまいます。 そこで、「眠くなってからベッドに入る」「眠れなければ一度ベッドから出る」などのルールを徹底し、「ベッド=眠る場所」という本来の関連付けを脳に再学習させます。

2. 睡眠制限療法(あえて寝床にいる時間を減らす)

眠れないのに長くベッドで過ごしていると、睡眠が浅く、途切れ途切れになりがちです。 そこで、あえてベッドにいる時間を「実際に眠れている時間」の長さにまで短く制限します。これにより、一時的に軽い睡眠不足の状態を作り出し、睡眠欲求(スリープドライブ)を高めて、深くまとまった睡眠をとれるようにします。眠れるようになってきたら、徐々にベッドで過ごす時間を延ばしていきます。

治療で睡眠はこう変わる!睡眠効率の変化

ブリーフCBT-Iを行うと、睡眠の質はどのように変化するのでしょうか。 ある論文で報告された高齢者の治療経過を基に、「睡眠効率」の変化を見てみましょう。

睡眠効率とは、「ベッドに入っている時間のうち、実際に眠っていた時間の割合」を示す指標です。この数値が高いほど、効率よく眠れていることを意味します。一般的に、85%以上が望ましいとされています。

認知行動療法による睡眠効率の変化 (1) 睡眠効率 (%) 目標: 85% 70% 治療前 90% 1週目 89% 2週目 90% 3週目 82% 4週目 94% 5週目 95% 6週目 96% 7週目

上のグラフから分かるように、治療前は70%だった睡眠効率が、治療開始後わずか1週間で目標の85%を上回る90%にまで改善しています。途中、少し低下する週もありますが、最終的には96%という非常に高いレベルに達しました。 これは、治療を通して、ベッドでゴロゴロと眠れずに過ごす時間が減り、ベッドに入るとスッと眠れるようになったことを示しています。

まとめ:あきらめずに専門家へ相談を

年齢とともに睡眠のパターンが変化するのは自然なことです。しかし、それによって日中の生活がつらいと感じるのであれば、それは「年のせい」の一言で片付けるべきではありません。

まずは生活習慣を見直す「睡眠衛生指導」から始め、必要に応じて行動のクセを直す「ブリーフCBT-I」を取り入れることで、薬だけに頼らずに睡眠を改善することは十分に可能です。

当院では、患者様の負担にならないよう、通常の診察の中で実践できるこれらの治療法を積極的に取り入れています。「長時間のカウンセリングはハードルが高いけれど、薬以外の方法も試してみたい」という方は、ぜひ一度、睡眠外来にご相談ください。

参考文献

(1) Bélanger, L., LeBlanc, M., & Morin, C. M. (2012). Cognitive behavioral therapy for insomnia in older adults. Cognitive and Behavioral Practice, 19(1), 101-115.
(2) 厚生労働省. e-ヘルスネット. 「高齢者の睡眠」.
(3) 厚生労働省. e-ヘルスネット. 「不眠症」.
(4) (4) Buysse, D. J., et al. (2011). Efficacy of brief behavioral treatment for chronic insomnia in older adults. Archives of internal medicine, 171(10), 887-895.