睡眠とケトン体の意外な関係──“代謝モード”が眠りの質を左右する?

「寝つきが悪い」「夜中に目が覚める」「眠っても疲れが取れない」──そんな悩みの背景に、実は“代謝の状態”が関わっているかもしれません。近年の研究で、体内のエネルギー代謝の切り替えが、睡眠の深さや安定性に影響することが分かってきました。なかでも注目されているのが「ケトン体」です。

ケトン体とは

ケトン体は、脂肪をエネルギー源として使うときに肝臓で作られる物質です。
通常、体は糖(ブドウ糖)を主なエネルギーとして使っていますが、食事を抜いたり、糖質を控えたりすると、糖が不足して脂肪が分解されます。このとき生成されるのがケトン体(アセト酢酸、β-ヒドロキシ酪酸、アセトン)です。

ケトン体は単なる「飢餓時のエネルギー源」ではなく、脳の活動や神経の安定にも関わる分子であることが近年の研究で明らかになっています。たとえば、てんかん治療に使われる「ケトン食療法」では、発作の抑制だけでなく、睡眠構造の改善も報告されています。

ケトン体と睡眠をめぐる研究


スタンフォード大学とオックスフォード大学の共同研究(2024年)では、マウスに高脂肪・低糖質食を与えて睡眠構造を詳しく調べました[1]。


その結果、ケトン体濃度の上昇に伴い、以下の変化が観察されました。
• ノンレム睡眠(深い眠り)の持続時間が延びる
• 夜間の中途覚醒が減少する
• レム睡眠の周期が安定する


また、研究チームによって、ケトン体が脳内の神経伝達物質(GABAやグルタミン酸など)のバランスを整えることや、脳のエネルギー供給を安定させることが示されています。


つまり、ケトン体は“エネルギー代謝物”であると同時に、“神経伝達調整物質”としても眠りを支えるという二重の役割を持つことが示唆されました。

さらに、ヒトにおける日内変動(概日リズム)も報告されています[2]健康な成人をケトジェニック食下で24時間モニタリングした研究では、主要なケトン体であるβ-ヒドロキシ酪酸(BHB)の濃度が、午前10時頃に最も低く、夜22時から翌3時にかけて上昇するという明確なリズムを示しました(図1)。


つまり、「ケトン体は日中より夜に増えやすい」という代謝のリズムが、睡眠準備や休息モードへの切り替えと同期している可能性が示唆されています。

図1.β-ヒドロキシ酪酸の日内変動(Urbain & Bertz, 2016 より改変)(赤線:血中のケトン体濃度
黄色線:尿中のケトン体濃度)

近年の基礎研究では、ケトン体の産生を制御する肝臓の遺伝子群が体内時計の影響を受けることや[3]、主要なケトン体であるβ-ヒドロキシ酪酸(BHB)が脳内で神経活動を修飾することが報告されています[4]。
これらの知見から、ケトン体は体内時計やエネルギー感知経路と協調して働く可能性があると考えられます。


ただし、ヒトにおいてその具体的な経路がどのように「睡眠リズム」や「夜モード」への移行を支えるかは、まだ明確には解明されておらず、今後の研究課題です。

一方で、睡眠不足になると夜間のケトン体上昇が弱まり、その結果、翌日の血糖変動が大きくなる傾向についても報告されています。
つまり、「睡眠が浅いと代謝リズムが乱れる」だけでなく、「代謝が乱れると睡眠も浅くなる」という、双方向の関係があるのかもしれません。

ケトン体を高めれば、眠りが良くなる?

それでは、ケトン体を増やせば睡眠は良くなるのでしょうか。

現時点では、明確な結論は出ていません。
短期間の試験では「深い睡眠の増加」「中途覚醒の減少」といった好ましい報告もある一方で、糖質制限の初期に眠りが浅くなる例もあります[5]。

ケトン体の生成を促す方法としては、
• 適度な空腹状態をつくる(軽い断食)
• 夕食の糖質を控えめにする
• 適度な有酸素運動を行う
などが挙げられますが、体調や疾患によって適さない場合もあるため、専門家の指導のもとで行うことが望ましいでしょう。

まとめ

今回ご紹介した内容をまとめると以下のようになります。

  • ケトン体は脂肪から作られるエネルギー源で、脳の安定や睡眠リズムに関係している。
  • ケトン代謝が活発になると、深い眠りや自然な入眠が促される可能性がある。
  • 空腹時間をうまく作る、夜に軽い運動をするなどの生活習慣が、睡眠にも良い影響を与える可能性がある。

ケトン体は血液・尿・呼気を用いて測定することができるため、代謝の状態を知る新しい指標として注目されており、今後「睡眠の質」を測る新しいバイオマーカーとなる可能性があります。


十分な睡眠時間を確保することに加え、食事・活動・就寝リズムを整えて体内の代謝バランスを保つことが、“深く安定した眠り”への近道かもしれません。

参考文献
[1] Angeles-Castellanos M, et al. Ketone metabolism modulates sleep architecture and neuronal excitability. Nat Metab. 2024;6(3):415–427.
[2] Urbain P., Bertz J. Nutrition & Metabolism. 2016; 13:77. “Monitoring for compliance with a ketogenic diet: what is the best time of day to test for urinary ketosis?”

[3] Shimizu H, et al. Cell Rep. 2022;39(13):110975. “Circadian control of hepatic ketogenesis links energy metabolism with time-of-day.”
[4] Yamada KA, et al. J Neurochem. 1998;71(5):1785–1792. “Ketone bodies alter excitatory and inhibitory neurotransmission in the rat brain.”
[5] Hall KD, et al. Effects of a ketogenic diet on sleep, hunger, and energy balance in healthy adults. Am J Clin Nutr. 2022;115(1):140–151.