日本の睡眠薬使用動向から見えてくる課題

こんにちは。睡眠プライマリケアクリニックです。

睡眠外来には、他院の治療を変えたい・処方されている薬を変えたいと相談にいらっしゃる患者さんが良くいらっしゃいます。日本全国の外来にて睡眠薬はどのように使用されているのでしょうか?
最近出版された論文で、2019年までの睡眠薬使用動向が報告されている(1)ので、ご紹介します。

紹介するのは、JMDCと呼ばれる、日本のレセプトデータ(処方データ)を収集している企業が、製薬企業と協力して出版した論文です。2009年~2019年にかけて、1種類以上の睡眠薬を新規に使用した外来不眠症患者(20~75歳未満)を抽出しています。以下の図は「日本の新規患者での睡眠薬の使用動向」と「注目すべきポイント」を示しています。

上の図表から、以下のことが読み取れます。

  • ①:ベンゾジアゼピン系薬剤(トリアゾラム、ブロチゾラム等)の処方が一貫して減少傾向
    • 外来で新しい患者さんに対してベンゾジアゼピン系薬剤の処方は減少傾向です。ベンゾジアゼピン系の薬剤は依存性・耐性を早期に形成し、認知機能の低下も引き起こす(2)ため、これは望ましい変化です。
  • ②:オレキシン受容体拮抗薬(スボレキサント、レンボレキサント等)と呼ばれるタイプの薬剤が14年以降一貫して増加傾向
    • 上記ベンゾジアゼピン系薬剤の代わりにオレキシン受容体拮抗薬の処方が増えてきています。オレキシン受容体拮抗薬は依存・耐性が理論上なく、内服して睡眠を取った患者さんのアミロイドβ(認知症発症に関わる物質)が減少したとの報告(3)などからも認知機能低下リスクも低いと考えられており、これも良い変化と考えられます。
  • ③:メラトニン受容体作動薬(ラメルテオン等)の処方はベンゾジアゼピン系やオレキシン受容体系に比べ、非常に少ない
    • 睡眠障害や睡眠外来の認知度は徐々に増加していますが、リズム障害に関する疾患の認知度は未だ低い状況です。実は、疫学的なデータから、睡眠障害で来院される患者さんのうち、ベンゾジアゼピン系薬剤やオレキシン受容体拮抗薬が適応となる患者さん(=精神生理性不眠)は1/4以下と考えられています(以下図)(4)。
    • 特に外来の疫学データからは、最も受診者が多いと考えられるのはリズム障害ですが、これにはメラトニン受容体作動薬が適応となるため、処方率がオレキシン受容体やベンゾジアゼピン系の1/5以下というレベルは問題と考えられます。疾患に対する認知度が低いことも問題と考えられ、全国のクリニック/病院で望ましくない治療が行われている可能性があります。
    • 睡眠薬が第一選択にならないリズム障害やうつ病などの疾患は、ベンゾジアゼピン系を中心とした眠剤に頼った治療を行うと、多剤使用になり症状が悪化しやすいことが日本の研究からも報告されており(5)、適切な診断が重要となります。
  • ④:初回患者に複数薬剤を使用する場合、ベンゾジアゼピン系+Z-Drug(いわゆる非ベンゾジアゼピン系:マイスリー等)が最も多い組み合わせとなっている
    • 初回から複数薬剤を使用しているケースが、2.8%あります。初回で複数の薬剤を処方するのは望ましくなく、睡眠衛生指導・行動療法を行ったのちに1剤ずつ薬剤の使用を検討するのが望ましいです。ガイドライン上も、睡眠衛生指導や行動療法を優先するように明記されており、初回から複数薬剤を処方するのは望ましくない傾向です(6)。
    • その上で、診療上やむをえず、複数薬剤となる場合も、依存性の高いベンゾジアゼピン系との組み合わせが上位に来る点は、問題であると考えられます。
  • ⑤:ベンゾジアゼピン系を使用する時に、短時間作用型(ハルシオン、サイレース等)のベンゾジアゼピン系の使用頻度が高い
    • 短時間作用型のベンゾジアゼピン系は、長時間作用型のベンゾジアゼピン系と比べると、早期に依存を形成し、離脱症状(薬をやめる際に、不眠などの症状が出ること)が出やすいことが複数の研究で示されています(2)。(なお、これは長時間作用型のベンゾジアゼピン系が安全であるということや、短時間作用型から長時間作用型のベンゾジアゼピン系への切替が有効であるということは示しません)
    • ベンゾジアゼピン系をやめる際には、離脱症状が最も問題となる(2)ため、(原則ベンゾジアゼピン系は使用しないのが望ましいのですが)短時間作用型の使用率が高い点でも、問題があるといえるでしょう。

まとめ

本コラムでは、日本の睡眠薬の使用動向のデータと日本の不眠症・睡眠障害診療上の改善しつつある点/課題をご紹介しました。以下にデータから読み取れる内容を改めてまとめています。

  • ベンゾジアゼピン系薬剤の使用は減少傾向で、代わりにオレキシン受容体拮抗薬の使用が増加傾向であり、依存形成・離脱症状のない薬剤が使用され始めている点で、良い傾向が見られている
  • 一方で、不眠症受診者での多数を占めるリズム障害に用いられるメラトニン受容体作動薬のシェアは小さく、全国で睡眠リズム障害の治療が適切に行われていない可能性がある。引き続き、不適切な睡眠薬使用に注意が必要
  • 初回からベンゾジアゼピン系を含む多剤併用になっている例も少数見られ、ベンゾジアゼピン系の中でも短時間作用型のベンゾジアゼピン系が多くを占める点は、今後も改善が必要

当院は不眠症の治療についても確かな知識をもって、患者さんに適切なものを推奨・ご提案しております参考記事参考記事)。皆さまの良い眠りのためにも、睡眠外来をご活用頂ければと思います。

Reference

(1) Okuda, S., Qureshi, Z.P., Yanagida, Y. et al. Hypnotic prescription trends and patterns for the treatment of insomnia in Japan: analysis of a nationwide Japanese claims database. BMC Psychiatry 23, 278 (2023). https://doi.org/10.1186/s12888-023-04683-2

(2) Soyka M. (2017). Treatment of Benzodiazepine Dependence. The New England journal of medicine376(12), 1147–1157. https://doi.org/10.1056/NEJMra1611832

(3) Lucey, B. P., Liu, H., Toedebusch, C. D., Freund, D., Redrick, T., Chahin, S. L., Mawuenyega, K. G., Bollinger, J. G., Ovod, V., Barthélemy, N. R., & Bateman, R. J. (2023). Suvorexant Acutely Decreases Tau Phosphorylation and Aβ in the Human CNS. Annals of neurology94(1), 27–40. https://doi.org/10.1002/ana.26641

(4) 山寺ら. 睡眠覚醒障害を主訴とした外来患者の臨床的研究. 精神医学 38(4): 363-370, 1996

(5) Shimura, A., Takaesu, Y., Aritake, S., Futenma, K., Komada, Y., & Inoue, Y. (2016). Later sleep schedule and depressive symptoms are associated with usage of multiple kinds of hypnotics. Sleep medicine25, 56–62. https://doi.org/10.1016/j.sleep.2016.04.011

(6) 日本睡眠学会 2013. 睡眠薬の適正な使⽤と休薬のための診療ガイドライン ー出⼝を⾒据えた不眠医療マニュアルー