睡眠不足の影響というと、眠気や集中力の低下がよく知られていますが、実は相手の表情をどう読み取るかにも関わる可能性があります。今回ご紹介する研究では、健康な若年成人を対象に、一晩の寝不足のあとで、他人の表情に含まれる感情の強さをどのように評価するかが調べられました。その結果、「怒り」や「喜び」の表情では、睡眠不足のあとに評価が鈍る傾向がみられ、とくに、はっきりしすぎない中程度の表情で差が目立ちました[1]。一方で、「悲しみ」の表情では同じような変化は明確ではありませんでした。さらに、こうした変化は回復睡眠後に改善がみられました。
この記事では、この研究をもとに、寝不足が対人コミュニケーションにどのような影響を及ぼしうるのかを、表情の読み取りという視点からわかりやすく解説します。
睡眠不足の影響として、まず思い浮かびやすいのは「眠い」「集中できない」「物忘れしやすい」といった変化かもしれません。実際、この論文でも、睡眠不足による認知機能への影響はこれまで多く研究されてきた一方で、感情の処理や対人場面に関わる機能への影響は、相対的に研究が少なかったとされています。著者らは、実社会では感情の判断や対人応答が重要であり、睡眠と感情機能の関係を調べる意義は大きいと述べています。
この研究が注目したのは、人の顔の表情を見て、その感情の強さをどれくらい正確に読み取れるかという点です。使われたのは、同じ人物の顔写真をもとにした「怒り」「喜び」「悲しみ」の3種類の表情で、それぞれが無表情から徐々に感情が強くなるよう加工された画像でした。参加者は、その表情がどれくらい中立的か、あるいはどれくらい感情的かを4段階で評価しました[1]。
ここで重要なのは、この研究が単に「表情が見えるかどうか」を調べたわけではないことです。極端にはっきりした顔だけでなく、少しわかりにくい、あいまいさの残る表情まで含めて評価している点に意味があります。日常生活でも、相手の気持ちはいつも強く表情に出るわけではありません。むしろ、「少し不機嫌そう」「少しうれしそう」といった中間的な表情をどう受け取るかが、すれ違いを左右する場面は少なくありません。そのため、この課題は、日常の対人コミュニケーションにある程度近い側面を持つ検査と考えられます。
研究参加者は37人の健康な若年成人で、睡眠不足群20人、対照群17人に分けられました。睡眠不足群は、1回目の検査までに平均約30.9時間起きていたとされています。対照群は通常どおり眠ったうえで検査を受けています。つまり、この研究は「何となく寝不足」というより、一晩まったく眠らない状態を評価した実験です。
図1:研究デザインと表情刺激の概要

結果としてまず示されたのは、3種類の表情をまとめて見たとき、睡眠不足群では、睡眠不足の状態での評価が、回復睡眠後よりも全体として低くなっていたことです。著者らはこれを、感情表情の認識が「blunted」、つまり鈍くなっていたと表現しています。しかも、その差は無表情に近い領域ではなく、表情がある程度強くなっていく範囲で目立ちました[1]。
さらに3つの感情を分けてみると、差は一様ではありませんでした。
「喜び」の表情では、睡眠不足時の評価が回復睡眠後より有意に低く、特に中間的な強さの表情で認識の鈍りがみられました。
「怒り」の表情でも同様に、睡眠不足時には評価の低下がみられました。しかも、論文では「喜び」よりもさらに強い鈍りがみられたとされています。表情がより感情的になるにつれて、その差が広がっていく様子も示されました。
一方で、「悲しみ」の表情については、睡眠不足による明確な変化は認められませんでした。平均点でも大きな差はなく、表情強度ごとに分けた解析でも有意な違いは出ていません。
この結果は、「寝不足だとあらゆる感情が同じように読み取れなくなる」とは言えないことを示しています。少なくともこの研究では、怒りと喜びのような、社会的に重要で比較的活性度の高い感情により影響が出やすかった可能性があります。
日常に引きつけて考えると、これはかなり重要です。たとえば、相手が少し機嫌を悪くしているサインや、逆に少し好意的に接しているサインを、寝不足の日にはうまく拾えない可能性があります。もちろん、この研究だけで「寝不足のせいで人間関係が悪くなる」とまでは言えません。しかし、相手の反応の読み取りが鈍ることが、すれ違いの一因になりうるという見方には、一定の説得力があります。
図2:睡眠不足群における表情認識の変化

この研究で特に興味深いのは、差が最もはっきり出たのが、極端にわかりやすい表情ではなく、中等度の表情だった点です。論文でも、睡眠不足による障害は「もっとも極端な写真」では目立たず、中程度からやや強めの感情表情で強くみられたと説明されています[1]。
これは、日常感覚にもかなり近い結果です。
誰が見ても明らかな満面の笑みや、露骨な怒り顔であれば、多少寝不足でも見分けやすいかもしれません。しかし現実のコミュニケーションでは、相手の表情はそこまで極端ではないことの方が多いはずです。微妙な不快感、少しの戸惑い、控えめな喜びなど、“読めそうで読み切れない表情”がやり取りの中心になります。今回の結果は、そうしたあいまいな領域で、睡眠不足の影響が出やすい可能性を示しています。
著者らも、もし睡眠不足が単純に顔を見る能力そのものを落としているだけなら、もっと広い範囲で一様な低下が起きるはずだと考えています。ところが実際には、すべての感情・すべての強度で同じような低下は起きていませんでした。このことから、基本的な顔の知覚そのものというより、その表情がどんな感情をどの程度表しているかを評価する、より後段の判断過程に影響した可能性が議論されています。
この研究では、睡眠不足群の参加者は、睡眠不足のまま1回目の検査を受けたあと、自宅で睡眠をとり、翌日にもう一度同じ課題を行いました。その結果、怒りと喜びの表情認識は回復睡眠後に改善していました[1]。これは、「少なくとも一部の変化は可逆的である可能性」を示す結果といえます。
ただし、ここは単純化しすぎない方がよい部分です。論文では、著者ら自身が「1晩の回復睡眠で完全に元通りになった」とまでは慎重で、さらに約3週間後にも追加の検査を行っています。その結果、怒りと喜びについては、3週間後の成績は回復睡眠後と大きく変わらず、睡眠不足時よりは高い水準でした。一方で悲しみでは、3週間後の得点が回復睡眠後より高かったと報告されています。著者らは、この結果から、感情機能の回復には1晩以上かかる可能性もあると述べています。
この研究から直ちに言えるのは、寝不足の日は、相手の表情をいつも通り正確に受け取れていない可能性があるということです。とくに、怒っているのか、うれしいのかがはっきりしない微妙な表情で、その傾向が出やすいかもしれません。
これは、対人コミュニケーションを考えるうえで見落としやすい視点です。会話がうまくかみ合わないとき、私たちはつい「相手の態度が悪い」「自分が嫌われたのかもしれない」と解釈しがちです。しかし実際には、自分自身の睡眠不足が、相手の表情から受け取る情報の精度を下げている可能性もあります。寝不足の日に限って、相手の反応を必要以上に悪く受け取ったり、逆に好意的なサインを見落としたりすることがあるなら、それは自分の性格の問題というより、睡眠状態の影響を受けた一時的な変化かもしれません。
著者らは、表情認識が社会的行動にとってきわめて重要であり、睡眠不足がその機能を乱すなら、社会面・職業面でも意味を持つ可能性があると述べています[1]。
図3:対照群では表情認識が大きく変化しなかった

もちろん、この論文だけで、すべての人に同じことが起きるとは言えません。また、寝不足による対人トラブルをすべて表情認識の問題で説明するのも無理があります。ただ、睡眠不足の影響を「眠い」「だるい」だけで捉えるのではなく、相手の表情をどう受け取るかにも関わる可能性があると考えることは、睡眠を見直すきっかけとして有用でしょう。今回の研究は、そのことを具体的に示した一つの材料といえます。
参考文献
[1]van der Helm E, Gujar N, Walker MP. Sleep deprivation impairs the accurate recognition of human emotions. Sleep. 2010 Mar;33(3):335-42. doi: 10.1093/sleep/33.3.335. PMID: 20337191; PMCID: PMC2831427.