スマートウォッチや睡眠アプリを使うと、眠った時間だけでなく、「深い睡眠」「浅い睡眠」「睡眠効率」「睡眠スコア」など、さまざまな数値を確認できます。
健康管理のために使い始めたはずが、朝起きてスコアが低いと不安になったり、「深い睡眠が少なすぎる」「最低でも8時間は眠らなければならない」と考えたりするようになった方もいるのではないでしょうか。
睡眠の状態を記録できることは便利です。しかし、数値を意識しすぎることで、かえって睡眠への不安やこだわりが強くなる場合があります。
2017年に発表された論文では、睡眠トラッカーのデータを強く信頼し、「理想的な睡眠」を追い求めていた3人の患者が報告されました。著者らは、このような状態を「オルソソムニア(orthosomnia)」と名づけています[1]。
本記事では、論文で報告された3症例をもとに、睡眠スコアを気にしすぎると何が起こり得るのか、スマートウォッチの睡眠データとどのように付き合えばよいのかを解説します。
オルソソムニアとは、睡眠トラッカーに表示される数値を改善しようとするあまり、睡眠について過度に心配したり、完璧な睡眠を追い求めたりする状態を表すために、論文の著者らが提案した言葉です[1]。
「ortho」には「正しい」「整った」、「somnia」には「睡眠」という意味があります。
スマートウォッチを使うこと自体は問題ではありません。就寝時刻や起床時刻を振り返ったり、生活リズムの乱れに気づいたりするために、睡眠記録が役立つ場合もあります。
問題になり得るのは、端末に表示された数値を睡眠の絶対的な評価として受け止め、数値を改善すること自体が目的になってしまうことです。
今回の論文に登場した3人も、睡眠トラッカーの数値をもとに、自分の睡眠や日中の体調を評価していました[1]。
1人目は、40歳の男性です。
男性は、眠りが浅く、途中で何度も目が覚めていると感じていました。日中には疲労感、イライラ、注意力や記憶力、集中力の低下などを訴えていました。
男性は、1年前から睡眠トラッカーを使用しており、診察でも睡眠日誌ではなく、スマートフォンに表示されたデータを医師に見せていました。
睡眠トラッカーに表示されていた平均睡眠時間は、「7時間45分」でした。男性は、毎晩少なくとも8時間と表示されなければならないと感じ、強いプレッシャーを抱えていたといいます。
治療目標として本人が挙げたのは、「毎晩、少なくとも8時間の深い睡眠をとること」でした。
平日の睡眠スケジュールとして申告された時間は、17時30分から翌朝6時まででした。実際に眠っていた時間ではなく、寝床に入っていた時間を含みますが、睡眠時間を確保しようとして非常に長い時間をベッドで過ごしていたことが分かります。
医療者は、ベッドで過ごす時間を23時から6時30分に調整することや、就寝前に仕事から離れてリラックスする時間を設けること、毎日の睡眠スケジュールを一定にすることを提案しました。
しかし、男性はその後再び来院することはありませんでした。
2人目は、27歳の女性です。
女性の睡眠トラッカーには、「落ち着きのない睡眠」が頻繁に記録され、平均睡眠効率は60%と表示されていました。
睡眠効率とは、ベッドに入っている時間のうち、実際に眠っていると推定された時間の割合です。女性は、端末のデータが「自分は浅くしか眠れていない」という感覚と一致していると考えていました。
女性には、脚を動かしたくなる不快感などが生じる「むずむず脚症候群」がありました。鉄補充や薬物治療によって脚の症状は改善しましたが、本人は引き続き、眠りが浅く、朝もすっきりしないと訴えていました。睡眠トラッカーの表示にも改善がなかったといいます。
その後、自宅での睡眠時無呼吸検査と、医療機関での終夜睡眠ポリグラフ検査が行われました。
終夜睡眠ポリグラフ検査は、脳波、眼球運動、筋肉の動き、呼吸、酸素飽和度などを測定し、睡眠の状態を医学的に評価する検査です。
検査の結果、睡眠時無呼吸を示す所見はほとんど認められませんでした。眠りにつくまでには97分かかっていたものの、睡眠中に脳波上の覚醒が起こる頻度は正常範囲であり、深い睡眠に相当するN3睡眠の割合はむしろ多い結果でした。
それでも女性は、「それなら、なぜFitbitは”私の睡眠が悪い”と表示するのですか」と尋ねたと報告されています。
医療機関の検査では深い睡眠が確認されたにもかかわらず、本人の睡眠に対する考え方は変わらず、端末に表示された「眠りが浅い」という評価を重視し続けていました。
図1:睡眠トラッカーの記録と医療機関での睡眠検査

3人目は、69歳の男性です。
男性は、睡眠トラッカーに「落ち着きのない睡眠」が表示されることをきっかけに、医療機関を受診しました。その後の検査で、重度の閉塞性睡眠時無呼吸が見つかり、CPAP治療が開始されました。
この点では、男性自身は、睡眠トラッカーが睡眠時無呼吸に気づくきっかけになったと考えていました。
一方、CPAP治療を続けても、端末上の睡眠の質や本人の満足感は十分に改善しませんでした。男性は、自分では気づいていなかった午前2時から5時頃の短い覚醒を、睡眠トラッカーの記録で確認し、心配していました。
医療者は、ベッドで過ごす時間を8時間程度にすることや、睡眠スケジュールを一定にすることを提案しました。しかし、男性は睡眠時間を減らすことへの抵抗があり、睡眠スケジュールを変更しませんでした。
その後、男性は睡眠薬の減量・中止に成功しました。この際には、薬を中止して数日後に睡眠トラッカー上のデータが改善していく様子を確認できたことが、本人の安心につながったと報告されています。
この症例からは、睡眠トラッカーが必ずしも悪影響だけを与えるわけではないことも分かります。使い方によっては、生活や治療経過を振り返る材料にもなりうるのです。
睡眠トラッカーに表示される「深い睡眠」や「浅い睡眠」は、医療機関の睡眠検査と同じ方法で測定されたものではありません。医療機関で行う終夜睡眠ポリグラフ検査では、頭部に電極を装着して脳波を測定します。睡眠段階は、脳波、眼球運動、筋肉の緊張などを総合して判定されます。一方、一般向けの睡眠トラッカーは、主に手首や身体の動きなどをもとに、眠っているか起きているか、どの睡眠段階にいるかを推定しています。
著者らは、睡眠トラッカーは脳波を測定していないため、浅い睡眠と深い睡眠を正確に区別することには限界があると言及しています。
睡眠スコアがどのように計算されているかは、製品ごとに異なり、利用者や医療者が数値の意味を正確に判断することは困難です。そのため、「深い睡眠が20分しかなかった」「睡眠スコアが50点だった」と表示されても、それだけで病気がある、睡眠が著しく悪いと判断することはできません。
特に注意したいのは、端末の評価を見た後に、自分の体感まで書き換えてしまうことです。起床時には比較的すっきりしていたにもかかわらず、低い睡眠スコアを見て、「やはり今日は調子が悪いはずだ」と考えてしまうことがあるかもしれません。しかし、睡眠の状態を評価する際には、端末の数値だけでなく、日中の眠気、疲労感、集中力、生活への支障、本人の睡眠に対する感覚などを含めて総合的に考える必要があります。
睡眠トラッカーは、使い方によっては生活リズムを振り返るための参考になります。一方で、毎日の睡眠スコアや、数分単位で表示される深い睡眠の時間に一喜一憂する必要はありません。
睡眠トラッカーは、細かな睡眠段階や覚醒時間を評価するためではなく、就床時刻、起床時刻、ベッドで過ごした時間など、睡眠パターンの大まかな傾向を確認する目的で使うのが正しい使い方です。
睡眠データが気になりすぎる場合は、次のような点を見直してみてもよいでしょう。
まず、1日ごとの点数ではなく、数週間単位の生活リズムを見ることです。睡眠は日によって変動するため、毎日同じ時間、同じ質になるとは限りません。そして、端末の数値だけでなく、自分の感覚も記録します。就床時刻、起床時刻、夜中に目が覚めた感覚、起床時の休息感、日中の眠気や活動状況などを、簡単な睡眠日誌に記録すると、数値だけに偏らず睡眠を振り返りやすくなります。
スマートウォッチの数値は、睡眠を理解するための一つの参考情報です。しかし、数値そのものが睡眠の良し悪しを決定するわけではありません。睡眠を記録することが安心につながっているのか、それとも新たな不安を生み出しているのかを振り返り、端末との距離を調整することが大切です。
オルソソムニアは、睡眠トラッカーの数値を改善しようとするあまり、睡眠への不安や完璧主義的なこだわりが強くなる状態を表すために提案された概念です。
今回の論文で報告された3人は、睡眠時間や深い睡眠の数値を重視し、必要以上に長くベッドで過ごしたり、医療機関の検査結果より端末の表示を信じたりしていました。一方で、睡眠トラッカーが受診のきっかけになったり、治療経過を確認する材料になったりした症例も報告されています。
したがって、睡眠トラッカーを一律に否定する必要はありません。重要なのは、睡眠スコアや睡眠段階を確定的な診断として扱わず、生活リズムを振り返るための参考情報として利用することです。睡眠をよくするために始めた計測によって、かえって不安が強くなっている場合には、数値との付き合い方を見直す必要があるでしょう。
参考文献
[1]Baron KG, Abbott S, Jao N, Manalo N, Mullen R. Orthosomnia: Are Some Patients Taking the Quantified Self Too Far? J Clin Sleep Med. 2017 Feb 15;13(2):351-354. doi: 10.5664/jcsm.6472. PMID: 27855740; PMCID: PMC5263088.