オレキシン受容体拮抗薬に期待される神経保護作用の可能性とは?“脳を守る”可能性として注目される理由

オレキシン受容体拮抗薬と神経保護作用

「睡眠薬」と聞くと、眠れないときに眠りを助ける薬というイメージが強いかもしれません。近年は、眠りを促す作用にとどまらず、脳の健康との関係にも関心が広がっています。

その一つとして注目されているのが、オレキシン受容体拮抗薬です。オレキシン受容体拮抗薬は、不眠症治療に用いられる比較的新しいタイプの睡眠薬です。基本的な仕組みについては、当院コラム「自然な眠りをサポートする『オレキシン受容体拮抗薬』の基礎知識」でもご紹介しています。

不眠症治療では、従来からベンゾジアゼピン系睡眠薬や非ベンゾジアゼピン系睡眠薬が広く使用されてきました。ただし、これらの薬剤では、長期使用によって依存が生じることがあります[1]。

一方、オレキシン受容体拮抗薬では、睡眠への作用に加えて、神経保護作用につながる可能性も検討されています[2]。なかでも、アルツハイマー病との関連が注目されています。

睡眠と脳の健康との関係

睡眠は、疲労回復のためだけではなく、脳の機能を維持するうえでも重要な役割を担っています。

アルツハイマー病では、アミロイドβやタウと呼ばれるタンパク質が脳内に蓄積することが特徴の一つとされています。これらのタンパク質の蓄積は、神経細胞の障害や認知機能の低下と関連すると考えられています。

また、アルツハイマー病では、不眠や睡眠中の覚醒、日中の眠気など、さまざまな睡眠障害が高頻度でみられます。

以前は、こうした睡眠障害はアルツハイマー病による脳の変化の結果として捉えられることが多くありました。近年では、睡眠障害は単に病気の結果として起こるだけでなく、病態の進行にも関与する可能性があると考えられるようになっています[2]。

実際に、睡眠障害は認知機能低下や認知症発症のリスクとも関連することが示されています。その背景の一つとして、慢性的な睡眠障害はアミロイドβの蓄積増加に関与する可能性が考えられています。さらに、増加したアミロイドβが睡眠を悪化させることで、睡眠障害とアミロイドβ蓄積が互いに影響し合う悪循環も示唆されています[2]。

このような背景から、睡眠を調節する仕組みそのものにも注目が集まっています。その一つが、覚醒状態の維持に関わる「オレキシン」です。

オレキシンが注目されている理由

オレキシンは、脳内で覚醒状態を維持する働きを持つ神経伝達物質です。オレキシン受容体拮抗薬は、このオレキシンの働きを抑えることで睡眠を促します。

このように睡眠・覚醒の調節に関わるオレキシンについて、近年は、脳内のアミロイドβの変化との関係でも研究されています[2]。

覚醒状態が長く続くこととアミロイドβ量には関連があり、マウスを用いた研究では、睡眠不足やオレキシンの投与によって脳内のアミロイドβ量が増加することが示されています。

一方で、オレキシン受容体拮抗薬の一種を投与すると、脳内のアミロイドβ量が減少し、アミロイドβが蓄積してできるアミロイドプラークの形成も抑えられました。また、オレキシン遺伝子を欠損させたマウスでも、睡眠時間が増え、アミロイドβの蓄積が少なくなっていました。人を対象とした研究でも、オレキシンが慢性的に不足するナルコレプシー1型では、アミロイドβの蓄積が少ない可能性が報告されています[2]。

さらに、オレキシンは、アミロイドβだけでなく、タウに関する指標の変化とも関連することが報告されています。このように、オレキシンは睡眠・覚醒の調節だけでなく、神経細胞の障害や認知機能の低下に関わるアミロイドβやタウとの関係からも注目されています[2]。

こうした研究結果から、オレキシン受容体拮抗薬は睡眠を改善するだけでなく、脳を守る方向に働く可能性、つまり神経保護作用につながる可能性があるのではないかと考えられるようになっています[2]。

人を対象とした研究では何が分かっているのか

これまでの研究で示されてきたオレキシンとアミロイドβ・タウとの関連をふまえ、人を対象とした研究も行われています。その一つが、オレキシン受容体拮抗薬の一つであるスボレキサントを用いた研究です[3]。

この研究では、認知機能に問題のない45〜65歳の成人38人を対象に、スボレキサントを服用した後の脳脊髄液中の変化を調べました。参加者は、偽薬(プラセボ)、スボレキサント10mg、スボレキサント20mgのいずれかを服用する3つの群に無作為に分けられました。

脳脊髄液は、脳や脊髄の周囲を満たしている液体です。この研究では、腰部カテーテルを用いて脳脊髄液を2時間ごとに36時間採取し、アルツハイマー病との関連が研究されているアミロイドβやタウに関する指標を測定しました。

その結果、スボレキサントを服用した群では、脳脊髄液中のアミロイドβに変化がみられました。特にスボレキサント20mg群では、アミロイドβがプラセボ群と比べて約10〜20%低かったことが報告されています。

また、タウについても変化がみられました。リン酸化タウは、アルツハイマー病に関連するタウの異常な変化として研究されています。この研究では、スボレキサント20mg群で、リン酸化タウを示す指標の一部が低下しました。

一方で、スボレキサント10mg群では、アミロイドβやリン酸化タウに関する変化は20mg群ほど明確ではありませんでした。また、この研究では、スボレキサントを服用しても、総睡眠時間や睡眠効率などはプラセボ群と比べて有意には増加していませんでした[3]。

著者らは、今回みられたアミロイドβやリン酸化タウに関する変化について、オレキシンの働きを抑える作用そのものが関係している可能性を考察しています[3]。

これらの結果は、オレキシン受容体拮抗薬が脳の健康に関わる指標に影響する可能性を示すものとして、神経保護作用との関連を考えるうえで注目されています。

まとめ

オレキシン受容体拮抗薬は、不眠症治療に用いられる睡眠薬です。近年は、睡眠を改善する作用だけでなく、アミロイドβやタウなど脳の健康に関わる指標に影響し、神経保護作用につながる可能性についても研究が進められています。

ただし、現時点で、オレキシン受容体拮抗薬による認知症予防効果や、アルツハイマー病の進行を抑える効果が確認されたわけではありません。スボレキサントを用いた人での研究も、短期間の投与による脳脊髄液中の指標の変化を調べたものであり、認知機能の改善を直接示したものではありません。

今後の研究によって、こうした脳の健康に関わる指標の変化が長期的にもみられるのか、また認知機能やアルツハイマー病の発症・進行とどのように関わるのかが、さらに明らかになることが期待されます。

【参考文献】

[1] Pollmann AS, et al. Deprescribing benzodiazepines and Z-drugs in community-dwelling adults: a scoping review. BMC Pharmacol Toxicol. 2015;16:19. PMID: 26141716 PMCID: PMC4491204

[2] Carpi M, Mercuri NB, Liguori C, et al. Orexin Receptor Antagonists for the Prevention and Treatment of Alzheimer’s Disease and Associated Sleep Disorders. Drugs. 2024;84(11):1365-1378. PMID:39365407 PMCID:PMC11602839

[3] Lucey BP, Liu H, Toedebusch CD, et al. Suvorexant Acutely Decreases Tau Phosphorylation and Aβ in the Human CNS. Ann Neurol. 2023;94(1):27-40. PMID: 36897120 PMCID:PMC10330114