「眠れない」だけではなく「眠すぎる」も睡眠障害のひとつです。
日中の眠気が強すぎると、学業や仕事に悪影響を及ぼすだけでなく、不運な場合は、怪我や事故の原因にもなりえます。今回は、眠りすぎる病気、ナルコレプシーについてご紹介します。
日本全国の健康保険データを用いて、国全体にどの程度ナルコレプシー患者がいるか調べた研究があります1。
それによると、2010年にナルコレプシーであると診断された者は10万人につき5.7人でしたが、2019年には10万人につき18.5人に増加していました。
また、発生率は20代が最も多く、次いで10代、30代以降は男性に多いという特徴が報告されました。性差はないとされているものの、中年以降で男性患者が多いのは、会社勤務などで周囲から指摘を受け、受診・治療につながりやすいことが一因と考えられています。
このことから、ナルコレプシーは、近年診断される患者が増加傾向であり、若年での発症/診断が多い病気であることが分かります。
❝ ナルコレプシーは診断までに時間がかかりやすい ❞
ナルコレプシーは、10代で発症・診断される患者が多いとされていますが、症状が最初に現れてから正式にナルコレプシーであると診断されるまでには数年以上かかることがあります。これは、ナルコレプシーの症状は徐々に悪化していく場合が多いことや、情動脱力発作や睡眠発作などの症状が、別疾患の症状(一過性脳虚血発作などによる麻痺、寝不足、その他の睡眠障害)との区別が難しいことが原因です。
また、確定診断には睡眠ポリグラフィ(PSG)検査、睡眠潜時反復時間(MSLT)検査が必要となるため、時間を要してしまいます。
参考コラム①:「昼間眠くて仕方がない」時に睡眠の医師が考えること(1)
参考コラム②:「昼間眠くて仕方がない」時に睡眠の医師が考えること(2)
ナルコレプシーには1型と2型の2種類が存在します2。
ナルコレプシー1型は、情動脱力発作(カタプレキシー)を伴うのが特徴です。情動脱力発作とは、強い感情的な反応(喜び、驚き、怒り、悲しみなど)によって引き起こされる、突然の筋肉の弛緩(力が抜ける現象)のことです。
また、ナルコレプシー1型の方の多くは、オレキシン(ヒポクレチン)という神経伝達物質の産生量が著しく低下していることが分かっています3。オレキシンは脳内で覚醒や食欲を調整する役割と共に、「覚醒を維持する」働きを持ちます。このため、オレキシンが不足すると覚醒を安定的に維持することが難しくなり、日中の強い眠気が起こり、起きていられなくなってしまいます。そしてこの時にレム(REM)睡眠が生じてしまうため、意識があるのに夢を見てしまったり(幻覚)、金縛りにあったり、体の力が抜けてしまったりします。
1型に対して、ナルコレプシー2型は、情動脱力発作を伴わないことが特徴です。また、オレキシン濃度の低下も軽度か、あるいは認められません。レム睡眠を伴う睡眠発作以外の特徴的な症状がないため、1型と比べて診断が難しい場合があります。
❛❛ オレキシンの欠損が起こる理由 ❜❜
なぜオレキシンが欠損するのかという理由は、まだ解明されていませんが、現段階の仮説では、T細胞(免疫を司る細胞)を媒介した自己免疫疾患が関与しているのではないかと議論されています4。
頭部外傷や脳腫瘍がオレキシンを産生する脳の部位に影響を及ぼし、オレキシンの欠損が起こり、二次的にナルコレプシーを起こすこともあるのではとも言われています5。
また、ナルコレプシー1型には、遺伝的な要因が関与していることが分かっており、特にHLA(ヒト白血球抗原)という遺伝子が関連していることが確認されています。HLAは免疫系に関わる重要な遺伝子で、この遺伝子に特定の型があるとナルコレプシー1型の発症リスクが高くなります。
ナルコレプシーの症状には、以下のようなものがあります。
睡眠発作とは、強烈な眠気により突然眠りに落ちてしまう症状です。
例えば、通常では睡眠が考えられない以下のような行動の途中であっても、突然眠りこんでしまいます。
いったん眠気におそわれると10分から30分程度眠りこんでしまいますが、眠りからさめた後は数十分間すっきりした爽快感が得られます。
睡眠発作は、1型・2型両方のナルコレプシーで起こります。
情動脱力発作とは、起きている間に、笑ったり、泣いたり、ストレスを受けたり、強く感情が動いた時に、突然体の一部の筋肉の緊張が失われる症状です6。脱力発作は、言葉が不明瞭になる程度のものから、床に倒れ込む程度のものまで、症状の程度に開きがあります。脱力発作が起こっている時は、患者に意識はあります。症状の起こる長さは、数秒から数分と様々です。
情動脱力発作は、ナルコレプシー1型で起こります。
ナルコレプシー患者は、夜寝付いた直後に、入眠時幻覚(hypnagogic/hypnopompic hallucinations)や睡眠麻痺(sleep paralysis)を起こします7。
通常、健康な人の睡眠はノンレム睡眠から入っていくのに対し、ナルコレプシーの方の場合は覚醒状態からいきなりレム睡眠に入ることが頻繁に起こります。レム睡眠は、夢をみる睡眠のステージです。覚醒状態からいきなりレム睡眠に入ると、脳はまだ目覚めている状態なのに夢体験が生じてしまうことになります。本人に多少意識が残っている時に夢体験をするため、現実と区別がつきづらくなってしまいます。これが入眠時幻覚です。眠りから覚める時にも同様のことが起こることがあります。
また、レム睡眠では、夢に合わせて体が動いてしまわないように、脳は運動神経を遮断して、全身の筋肉が脱力しています。このとき、意識がある時にレム睡眠が生じてしまうと、夢が見えたりするのと同時に、睡眠麻痺を起こします。睡眠麻痺とは、REM睡眠に入る時に体が一時的に動かせなくなる「金縛り」のことです。症状が現れる頻度は個人により異なりますが、症状は数秒から10分で治まります。睡眠麻痺と入眠時幻覚(視覚・聴覚・触覚)はしばしば同時に起こるため、恐ろしく感じるかもしれません8。
この入眠時レム睡眠(SOREMp: Sleep-Onset REM Period)は、1型・2型両方のナルコレプシーで起こります。
❝ ナルコレプシーの合併症 ❞
ナルコレプシーの合併症としては、晩年の熟睡障害、肥満、糖尿病などが報告されています。
ナルコレプシーの診断には、Polysomnography(PSG,ポリソムノグラフィー検査)、及びMultiple Sleep Latency Test(MSLT, 睡眠潜時反復検査)が標準的に使用されています9。
MSLT検査とは、ナルコレプシーなどの過眠症が疑われる場合に、2時間おきに20分程度の睡眠を計5回行ってもらい、その睡眠状態を調べる検査です。また、MSLT検査は、前夜に“しっかりと”眠れていることが大前提となるため、通常はMSLT検査の前夜にはPSG検査という、夜間の睡眠状態を調べる検査を一緒に行います(健康保険制度上の理由からも一緒に行われることが多いです)。PSG検査とMSLT検査の結果を総合的に判断し、診断をつけます。
検査には計1泊2日が必要となり、患者さんには一定の時間的・費用的な負担が発生します(※PSG検査,MSLT検査については、後日、より詳しく説明します)。
❝ HLA検査はナルコレプシーの診断に使える? ❞
HLA検査をすると、1型ナルコレプシー患者の98%、2型ナルコレプシーの50%が「HLA-DQB1*06:02遺伝子」が陽性であると報告されています。
しかし、ナルコレプシーではない人も最大30%は当該遺伝子を持っていることから、ナルコレプシーの確定診断のためのHLA検査は勧められていません10。
ナルコレプシーに根治薬はありませんが、眠気を抑える薬として、モダフィニル(商品名:モディオダール)やぺモリン(商品名:ベタナミン)が使われることが多いです。また、カタプレキシーや金縛り、入眠時幻覚などを抑えるために、ノルアドレナリンを増加させてレム睡眠を抑制するできる薬(一部の抗うつ薬)も併用されることがあります。
加えて、症状を少しでも和らげ、QOLを上げるために、日々の睡眠マネジメントも重要となります。
症状緩和のため、以下のような方法が挙げられます。