睡眠不足は万病の元です。
睡眠不足が続くと免疫に影響することで慢性的な炎症状態が生じ、心血管代謝疾患(例:糖尿病、心疾患)や腫瘍性疾患(例:がん)など、多くの病気の発症リスクが上がるとされています1。これまでにこちらのコラム(参考:「睡眠不足(寝不足)の危険性 ~日本人は睡眠時間を削りがち~」)でも、日本人の56%は寝不足であることや、睡眠不足の弊害についてご紹介してきました。
本コラムでは、今までに発表されている数々の研究結果をまとめたこちらの論文2を参考に、睡眠時間が「記憶」に与える影響について簡単にご説明します。
よく眠ると記憶が定着しやすいと聞いた方は多いのではないでしょうか。
それは数々の研究でも裏付けられており3、睡眠には起きている時に学習した事を取捨選択したり、覚えられる形に要約したり、脳の離れた場所同士の情報のやりとりを調整したり、記憶定着についての重要な役割を担っています。
また以下の図4のように、睡眠の前半(徐波睡眠)と後半(レム睡眠)で、睡眠は違う役割を果たしているとされています。睡眠の前半で起こる徐波睡眠で海馬で記憶された情報が大脳皮質に転送され、後半のレム睡眠の間に必要な情報の整理・統合が行われていると考えられています。どちらの睡眠も記憶の定着・整理には重要な役割を果たしています。
それでは、学習前後の睡眠不足はどのように記憶と関係するのでしょうか?
1994年から2020年までに発表された45報の論文の結果のまとめを見ると、学習後に睡眠不足の場合、記憶に小さな悪影響:Hedge’s g = 0.277, 95% CI 0.177-0.377, p < 0.001があることが分かりました(Hedge’s gは、標本の平均値の差を算出する手法で、目安として小さな効果量がg=0.2、中程度の効果量がg=0.5、大きな効果量がg=0.8とされている)。記憶を定着させるには学習後の睡眠が大事であるという俗説がありますが、研究でも裏付けられました。
それに対して、1989年から2020年までに発表された31報の論文の結果のまとめによると、学習前の睡眠不足の影響は、記憶に中等度の悪影響 Hedge’s g=0.621, 95% CI 0.473-0.769, p < 0.001があることが分かりました(中程度の効果量はg=0.5)。
今回の結果を見ると、学習後の睡眠が重要という俗説に対して、むしろ学習前に十分な睡眠を取ることもそれ以上に重要であることが示された形です。外来でも、睡眠時間を削って勉強される患者さんが時々いらっしゃりますが、勉強後に寝るだけでなく、日中に寝不足にならないように睡眠時間を十分確保することが重要でしょう。
参考①:睡眠不足(寝不足)の危険性 ~日本人は睡眠時間を削りがち~
参考②:健康づくりのための睡眠ガイド(2023)の内容を詳細に紹介!(その1)
このいずれの結果も研究参加者が比較的若い、研究デザインや評価する記憶の指標がばらついていることなど、研究の限界はあります。今後の研究のさらなるブラッシュアップや積み重ねにより、新たな知見の報告が待たれます。
今回は、睡眠と記憶の仕組み、学習における睡眠の重要性について簡単にお話しました。
特に学生の皆さんは、中学生〜20歳頃までは、睡眠スケジュールが夜型化する年頃です(参考:「子どもに早寝早起きは必要?」)。残念ながら日本の中高生の始業時間は早いですから、夜型であっても睡眠時間はしっかり確保するよう心がけてみてください。