「ある日突然、1日15時間から20時間眠り続けている。しばらくすると、何事もなかったかのように普段どおり起きて生活できる」
もし身近な人の身にそんなことが起きたら、誰もが戸惑うでしょう。
クライネ・レビン症候群(Kleine–Levin syndrome:KLS)は、過眠症のなかでも特に稀な疾患です。
一般には「眠り姫症候群」と呼ばれることもありますが、実際には男女問わず発症し、患者本人にとっても家族にとっても大きな負担となります[1]。
クライネ・レビン症候群の特徴は、周期的に繰り返す極端な眠気(過眠発作)です。

発作のあいだ、患者は1日に15時間以上、場合によっては1日のほとんどを眠り続け、起きている間もぼんやりして会話や行動が鈍くなります。一部の症例では食欲が異常に増えたり(過食)、性衝動が高まったりするケースもあります。これらの症状は数日から数週間続き、その後は何事もなかったかのように元の生活に戻るのが特徴です。
しかし数週間〜1年ほど経つと、再び発作が起こることがあります[1]。
発症は多くが10代で、女性よりも男性にやや多い傾向があります。
平均して10~20年ほどの経過で発作の頻度は次第に減少し、多くの人は自然に治まりますが、
その期間中は学校や仕事、社会生活に大きな支障をきたします。
周囲からは「怠けている」「うつ病では?」と誤解されることも少なくありません[2]。
クライネ・レビン症候群の原因は明確には分かっていません。
ウイルス感染や睡眠不足、ストレスをきっかけに初回発作が起こる例が多く、その後、脳の視床下部や辺縁系(感情や睡眠・食欲を調節する領域)の機能異常が持続するのではないかと考えられています[2]。

近年の研究では、発作期に視床や前頭葉の血流が低下していることが報告されています[3]。これらの領域は、「眠気」や「意識」「食欲」を統合的にコントロールする場所でもあります。
また、体内時計や覚醒に関わる神経伝達物質(オレキシンやセロトニンなど)の不均衡も疑われています。そのため、クライネ・レビン症候群は「脳のリズム制御の一時的な失調」ではないかとも議論されています[2]。ただ、現時点で一貫した異常は特定されていません。
診断には、他の疾患(ナルコレプシー、うつ病、てんかん、脳炎など)を除外することが重要です。
発作時には脳波や血液検査、MRIなどで異常が見つからないことが多く、経過を追って特徴的な周期性が確認されることでようやく診断に至ります[1]。
治療法は確立していませんが、リチウム(気分安定薬)が発作の再発を抑える効果を示す報告もあります[2]。
発作期には安全を確保しつつ十分に休養を取らせることが大切です。また、発作の終盤に「一過性の抑うつ、不安、過食、イライラ」などの気分障害や、「現実感消失」が残ることや双極性感情障害との関連も指摘されています[1]。回復期には慎重な見守りを継続しつつ、通常の生活リズムに戻していくこととなります。
クライネ・レビン症候群の患者は、発作期に現実感を失ったり、夢と現実の区別があいまいになることがあります。
これはまるで、脳が“夢の世界”と“現実”の間で混線しているような状態。
そのため、クライネ・レビン症候群の研究は「意識とは何か」「眠りと覚醒を分ける境界はどこか」という
脳科学の根本的な問いにもつながっています[2]。
クライネ・レビン症候群は、世界でも医学論文などでの報告例の少ない稀な疾患です。
しかし「睡眠」という誰にでも関わる生理現象の極端な形として、その理解は、私たちが普段当たり前に感じている「眠る」「目覚める」というリズムの仕組みを見つめ直す手がかりにもなります。
参考文献
[1] Arnulf I, et al. Kleine–Levin syndrome: a systematic review of 186 cases. Brain. 2005;128(12):2763–2776.
[2] Huang YS, et al. Clinical features and pathophysiology of Kleine–Levin syndrome. Sleep Medicine Reviews. 2018;41:32–45.
[3] Kas A, et al. Reversible thalamic hypometabolism in Kleine–Levin syndrome. Neurology. 2014;82(13):1127–1132.