出張先や旅行先の夜、寝つきが悪かったり、眠りが浅かったりといった経験はありませんか。
これは単なる気のせいではなく、脳のはたらきに関係していると考えられています。初めての環境で眠るとき、脳の片側がもう一方より浅い眠りになることが知られています。この現象は「ファーストナイト効果(first-night effect)」と呼ばれるものです。

アメリカのある研究では、健康な成人に実験室で1週間ほど間隔をあけて2回の夜間睡眠をとってもらい、睡眠中の脳波や音への反応を詳しく解析しました[1]。
この研究では、眠っている間の脳波のうち、眠りの深さを反映する「徐波活動(slow-wave activity)」に注目しました。徐波活動とは、ノンレム睡眠中に現れるゆっくりとした脳波の活動のことで、眠りが深いほど強くなることが知られています[1]。
その結果、1回目の睡眠では、左半球(左脳)の徐波活動が右半球(右脳)より弱く、左半球の眠りが浅いことがわかりました。また、音刺激を与えると、左半球は右半球より強く反応し、外界からの刺激に対して覚醒しやすい状態にありました。この左右差の大きさは入眠までにかかる時間とも関連していて、左右差が大きい人ほど入眠に時間がかかる傾向もみられました。
このように、初めての環境で眠るときには、片側の脳が「見張り役」として周囲の環境を監視し、もう一方の脳が休息するという左右非対称な睡眠状態になることが確認されました。こうした現象は、イルカなどの海に住む哺乳類や、一部の鳥が外敵から身を守るため、片側の脳を起こしたまま眠る「半球睡眠」に似た仕組みだと考察されています[1]。人間の脳にも、見知らぬ環境では一部を警戒モードに保つはたらきが備わっている可能性が示されています。

一方で、2回目の実験(2回目の睡眠)では、こうした左右差は見られず、両半球がほぼ同じ深さの眠りに入っていました。この結果は、ファーストナイト効果が初回の睡眠時にのみ生じる一時的な現象であることがわかっています[1]。
ふだん私たちの脳は、眠っている間に新しい情報を整理し、長期記憶として定着させるはたらきをもっています[2]。しかし、同じ研究グループが行った別の実験では、ファーストナイト効果が睡眠による脳の学習の定着にも影響することが示されました[3]。
この研究では、被験者は同じ手順(視覚による正確な判断力を調べる課題 → 睡眠 → 起床後に同じ課題)を、1週間の間隔をあけて2回行いました。課題の種類は同じですが、毎回違う内容が出題されるように設定されており、1回目の学習が2回目に影響しないように工夫されています。また、1回目は実験室で初めて眠るためファーストナイト効果が生じやすく、2回目は環境に慣れた状態での睡眠となります。
睡眠前後でどれだけ成績が変化したか(睡眠による学習効果)を比較したところ、初回では睡眠前後の成績の伸びが小さく、2回目では成績の伸びが明らかに大きいことが示されました。この結果は、初めての環境で眠ると、視覚情報を処理する脳の領域で、本来は睡眠中に進む視覚学習に伴う、神経回路が変化しやすくなる性質(可塑性)が十分発揮されにくくなることを示しています。そのため、睡眠をとっても成績が十分には伸びなくなります[3]。

さらにこの研究[3]では、磁気共鳴分光法(MRS)という、脳の内部の化学変化を調べる方法などを用いて、睡眠中の脳のはたらきを詳しく測定しました。
その結果、脳の興奮と抑制のバランス(E/I比)は、実験室という初めての環境で眠った1回目の睡眠では十分に上昇せず、一方で2回目の睡眠では明らかに上昇していました。E/I比の変化は、視覚学習に関わる脳の可塑性を反映する指標の一つであり、初めての環境ではこうした可塑性が十分にはたらきにくいことが分かりました。
このように、脳がまだ環境に慣れず警戒している状態では、単に「寝つきが悪い」「眠りが浅い」といった睡眠の質の低下にとどまらず、睡眠中に本来みられる可塑性を反映する指標(E/I比)の上昇も十分に見られず、その結果、睡眠による視覚課題の成績向上が小さかったことが示されています。

これらの研究[1][3]は実験室でのデータですが、私たちの日常生活にも通じるものがあります。初めての場所で眠りが浅くなるのは、脳がその環境の安全を確認しようとする自然な反応と考えられます。こうした「ファーストナイト効果」は、脳が安全を確認し、慣れるにつれて自然に消えていく一時的な現象です。
もし旅先や出張先でうまく眠れなくても、「脳が安全を確認している途中」だと受け止めてみると、眠れない夜でも少し安心しやすくなります。
参考文献