短期間の睡眠不足が「血糖コントロール」に及ぼす影響──1週間・5時間睡眠でインスリン感受性が低下

睡眠不足と代謝の関係

「少しぐらい睡眠を削っても大丈夫」と思っていませんか?
しかし近年の研究で、短期間の睡眠不足が体の代謝に悪影響を及ぼすことが、健康な人を対象とした厳密な研究で明らかになっています[1]。とりわけ「インスリン感受性(insulin sensitivity)」と呼ばれる、血糖を調整する仕組みが低下することが分かってきました。

これまでの研究では、睡眠時間の短い人ほど糖尿病の発症率が高いことが示唆されてきました。ただし、それが「睡眠不足そのものによる影響」なのか、あるいは生活習慣や体質など他の要因によるものなのかはわかっていませんでした。この点を検証するため、参加者を入院させて生活環境を統一し、睡眠時間を制限したうえで、代謝の中でも血糖を調整する仕組みへの影響を調べた研究が行われました[1]。

インスリン感受性とは?

インスリンは膵臓から分泌されるホルモンで、食事によって血液中に増えた糖を細胞に取り込み、エネルギーとして利用できるようにします。

インスリン感受性が高い状態では、少量のインスリンでも効率よく血糖を下げられます。逆に感受性が低下した状態は「インスリン抵抗性が高い」とも呼ばれ、血糖を下げるためにより多くのインスリンが必要になります。インスリン抵抗性が高いことは、糖尿病発症に深く関わる重要なリスク因子の一つとされています[2]。

どのように調べたのか

ハーバード大学の研究グループは、健康な成人男性20名(20~35歳)を対象に研究を行いました[1]。

参加者は研究センターに入院し、食事のカロリーや栄養成分、日中の活動量、室温や照明などの環境を統一されました。夜間の就床時間も一定に管理することで、「睡眠制限の影響」を純粋に評価できる条件が整えられました。
そのうえで、1週間にわたって、1日あたりの睡眠時間を5時間に制限しました。さらに、眠気の影響を検証するため、一部の参加者には強い眠気を抑える薬のモダフィニル、他の参加者にはプラセボ(偽薬)を投与し、眠気が代謝に影響するかどうかを確認しました。

インスリン感受性は2種類の方法で測定されました。

  • IVGTT(静脈内ブドウ糖負荷試験):ブドウ糖を静脈注射し、血糖やインスリンの反応を解析する方法で、臨床研究で広く用いられています。
  • 高インスリン正常血糖クランプ法:大量のインスリンを持続投与し、血糖値を一定に保つのに必要なブドウ糖量を測定する方法で、インスリン感受性を調べる最も精密な方法(ゴールドスタンダード)とされています[2]。

主な結果

1週間の睡眠制限により、インスリン感受性は、IVGTTで測定した場合、平均で20%低下しました。個人差は大きかったものの、全体としては明らかな低下が確認されました。
さらに、高インスリン正常血糖クランプ法でも平均で11%低下が確認され、同様の傾向が示されました。

一方で、インスリンの分泌量そのものには大きな変化は見られませんでした。つまり、膵臓は十分にインスリンを出していたのに、体がその働きに反応しにくくなる「効きにくい状態」が生じていたのです。どちらの方法でも、偶然による結果ではないことが統計的に確かめられており(P=0.001)、「睡眠不足が直接インスリン感受性を下げる」ことが明らかになりました。

また、モダフィニルを投与した結果、眠気の自覚は一部改善しましたが、インスリン感受性の低下は変わらないことが示されました。この結果から、単に眠気を抑えるだけでは代謝への影響を防げず、「睡眠不足そのもの」が代謝に悪影響を及ぼすことがわかります。

研究が示すこと

この研究の条件下では、わずか1週間の睡眠不足でも、血糖コントロールに不利な変化が生じることが確認されました。糖尿病の発症や心血管リスクを直接調べたものではありませんが、「代謝の初期段階で不利な変化が生じる」という重要な知見です。

なお、研究対象は少人数の男性かつ短期間であり、長期間にわたる睡眠不足がどの程度代謝に影響するかは今後の検討が必要です。それでも、入院下で厳密に管理した条件で得られた結果は、「睡眠を削る習慣」が代謝に悪影響を与える可能性があることを示す、信頼できる科学的根拠といえます。

まとめ

  • 1週間にわたり、1日5時間の睡眠に制限すると、インスリン感受性は有意に低下。
  • 眠気を薬で抑えても、代謝の低下は防げない。
  • 睡眠不足は「体の糖処理能力」を弱め、長期的には生活習慣病リスクにもつながるおそれがある。

忙しい毎日だからこそ、「眠る時間を削らない」ことが、健康を守るための基本といえるでしょう。もし、睡眠不足が続いて日中の体調や生活に影響を感じているといったことでお悩みの場合は、ぜひ当クリニックのような睡眠の専門医にご相談ください。

参考文献

[1] Buxton OM, Pavlova M, Reid EW, Wang W, Simonson DC, Adler GK.
Sleep restriction for 1 week reduces insulin sensitivity in healthy men. Diabetes. 2010;59(9):2126–33.PMCID: PMC2927933; PMID: 20585000.

[2] Wilcox G. Insulin and insulin resistance. Clin Biochem Rev. 2005;26(2):19–39. PMCID: PMC1204764; PMID: 16278749