こんにちは。睡眠プライマリケアクリニックです。
「自分の睡眠時間は足りている」──そう思っていませんか?
実は、睡眠の長さは疲労回復だけでなく、体の代謝を保つうえで重要な役割を果たしています。以前こちらのコラムでも、短期間の睡眠不足がインスリン感受性を下げ、血糖コントロールを悪化させることをご紹介しました。
今回はその逆の視点から、十分に眠ると体の代謝がどう変化するかを調べた研究をご紹介します。

日本の研究グループが発表した論文[1]では、20〜26歳の健康な男性15名を対象に、実験室で9夜連続の「睡眠時間を延ばした状態」を調べました。
まず、自宅で普段どおりの生活を送りながら、約2週間にわたり睡眠を記録してもらいました。その結果、平均睡眠時間は約7.4時間で、人によって5.8〜8.9時間とばらつきがありました。また、同じ人でも日によって睡眠時間に差があり、最も短い日と長い日の差はおよそ2〜14時間とさまざまでした。
その後、就床時間を毎晩12時間にして「眠れるだけ眠る」条件で、9夜連続で実験室で過ごしてもらいました。期間中はポリソムノグラフィ(PSG)検査で睡眠の状態を詳しく測定し、あわせて血液検査で代謝やホルモンの変化を解析しました。
睡眠時間を延ばした期間では、延長初日は普段より大幅に長く眠る傾向が見られましたが、その後数日かけて徐々に安定していき、最終的に平均約8.4時間で落ち着きました。これがそれぞれの被験者にとっての最適な睡眠時間(optimal sleep duration)と推定されます。一方、普段の睡眠は平均7.4時間前後であり、約1時間の「自覚のない睡眠負債」(potential sleep debt)があったことがわかりました。
研究に参加した人たちは、日常的には寝不足を感じていませんでしたが、実際には睡眠が足りていなかったのです。同年代の日本人男性の平均睡眠時間(約7.6時間)と同程度であり、一般的な生活を送る若者にも「見えない睡眠負債」が存在するでしょう。

興味深いことに、睡眠時間を延ばした後では起床時の血糖値が明らかに下がっていました。また、インスリンを分泌する膵臓のはたらきが高まる傾向(HOMA-βの上昇)が見られ、睡眠を十分にとることで、体の血糖コントロール(=耐糖能)が改善したことが示されています。
さらに、ストレス関連ホルモン(ACTH、コルチゾール)は低下し、体の代謝を高めるはたらきをもつ甲状腺関連ホルモン(TSH、FT4)が上昇していました。こうした変化は、十分な睡眠によってホルモンバランスが安定し、体の代謝機能や血糖コントロールにも良い影響を与える可能性を示しています。

研究に参加した人は全員、日常的には「十分寝ている」と感じていました。それでも実際には、1時間ほど睡眠が足りていなかったのです。この小さな差が、先に示したような血糖やホルモンの変化に影響していた可能性があります。
普段の睡眠が短い状態では、体がインスリンに反応しにくくなり(=インスリン感受性の低下)、血糖値を下げにくくなる(=インスリン抵抗性が高まる)ことが知られています。今回の結果は、そのような代謝の乱れが20代前半の健康な若者でも起こり得ることを示唆しています。
被験者の最適睡眠時間には約2時間の幅(7.3〜9.3時間)があり、人によって必要な睡眠時間は異なることが示されました。中には、9時間近く眠らないと代謝が安定しない人もいたのです。

この研究は、「20代前半の健康な人でも、平均8.5時間ほどの睡眠が必要」であり、短い睡眠では血糖コントロールが乱れ、血糖を調整する力(耐糖能)が低下する可能性を示しました。
十分に眠ることは、疲労回復だけでなく、インスリン感受性を保ち、代謝を整えるためにも欠かせません。軽度ではあるものの、長期的な睡眠不足(潜在的な睡眠負債)が、健康リスクの一因となる可能性が示唆されています。「自分は寝不足ではない」と思っていても、実は体の内側では「静かな睡眠不足」が進行している可能性があります。
私たちが心身ともに元気で過ごすためには、質のよい睡眠が大切です。
眠りに関して疑問や不安を感じている場合は、どうぞお気軽に当クリニックへご相談ください。専門的な観点から、あなたに合った睡眠のとり方を一緒に考えてまいります。
参考文献
[1] Kitamura S, et al. Estimating individual optimal sleep duration and potential sleep debt. Scientific Reports. 2016;6:35812. PMID: 27775095 ; PMCID: PMC5075948.